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第十四話

「ふっ、ふっ」


 クメさんから借りている剣を正眼に構え、左足を軸にし右足で踏み込みながら力強く上へ振りかぶって振り下ろす。

 柄は振り上げるときは弱めに、振り下ろすと同時にぎゅっと握る。

 腕を痛めないよう気をつけてできるだけまっすぐだ。


 正直十回もやればへとへとになる。マラソン終わった後だしな。


「かなり様になってきましたね」


 それを見ているのはロックレイズ君だ。

 彼から剣を教えて貰いはじめてから三日経過した。その間、一時間くらいのマラソンとその後十分だけ素振りだ。

 一時間マラソンといってもずっと走り続けられる訳が無い。途中休憩しながらなので、せいぜい二キロや三キロくらいだろう。


 え? 短い?

 十歳の子供に何を期待しているんだ。これでも頑張った結果なのだ。


 ああ、服装はドレスではなく女性騎士(居るの知らなかった)が練習で着るジャージっぽいものだ。

 ただ生憎と辺境伯家にそのような服は無く、わざわざ騎士団までいって借りてきたのだ。ロックレイズ君がな。

 しかしやはりズボンというのは良いものだ、安心感が違う。このズボン、もう何着か作らせてドレスの下に穿こうかね? どうせドレスは足首まであるから見えないし。

 でも確実にマーテリッテに反対されるだろうな。


 そうそうそのマーテリッテだが、俺が剣の練習をやっている間に色々な雑務を処理したいらしく、この場はクメさんしかいない。

 そしてクメさんは俺が練習している間、目を塞いで何やら考え事をしている。

 聞いたところ、頭の中で昨日の自分と戦っているそうだ。相打ちが多いので苦労しているらしい。それでも昨日は、右肘斬られたけどこっちは肩から斬ったから今日の自分のほうが若干強い、なんて言ってた。

 どっちもそのまま放置すれば出血多量で死ぬと思うんだけどね。


「エーレデル様、そろそろおやめください。お体に障ります」


 剣を振っていると、限界に近づく前にロックレイズ君が止めに入った。

 こいつ、あの鳥肌が立った日から妙に馴れ馴れしいんだよな。今だって爽やかすぎる顔に少しだけ憂いの色を見せながら、俺の手を取ってくるのだ。

 だから、気持ち悪いってば。


「あ、はい。分かりました。では本日はここまでにしましょうか」

「はい、ではマーテリッテを呼んで後ほどお部屋に参ります。ここから先の護衛はクーメレイテアにお願いします」

「うん」

「ひゃっ?!」


 俺の背後にいつの間にかクメさんがいた。

 全く驚かさないでほしい。ところで今日の脳内戦闘はどうだったのだろうか。


「今日は完全勝利です」

「それは良かったですね。頭撫でてあげましょうか?」


 俺の顔を見て何か悟ったらしく、端的に答えてくるクメさん。しかしちょっとだけ目に自慢の色が浮かんでいる。

 そうか、完全勝利か。それは良かったね。

 しかしクメさんっていつ剣の練習してるのだろうか。


「いらない。耳くれたら良い」

「それはダメですあげられませんこの耳はわたくしだけの専用パーツです取り外し不可ですだからお願いですからきれいさっぱり諦めてください」

「……指でもいい」

「ダメ!」

「ちっ」


 そんな俺とクメさんとのやりとりを朗らかに温かい目で見守っているロックレイズ君。

 君、保護者のつもりかい? 君もまだ未成年なんだよ?

 それより、はよマーテリッテ呼んで部屋までいってこいよ。こっちは汗だくだから早く風呂に入ってさっぱりして飯食いたいんだよ。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「エーレデル様、少々ご報告があります」

「はい、何ですか?」


 ゆっくり風呂に浸かりながら手足をマッサージしていると、側にいたマーテリッテが声を潜めるように囁く。

 今日マーテリッテは雑務をしていたらしいが、その時パパと何か話しでもしたのだろう。

 ちなみに雑務はパパのお手伝いらしい。


「騎士団第二部隊が国境近辺の定期調査を行ったところ、守りの魔道具が妙に変化していたそうです」

「妙に変化? それはどのような変化なのでしょうか」

「はい、いつもにも増して明滅しているようなのです。また普段は淡い紫なのが赤みがかっているようで」


 赤紫色ということはマゼンダか。

 何らかの影響で普段紫色のところに赤色が混じってしまっている状態だな。

 ……あれ?

 俺が魔力を注ぐ時、目の色が赤になる。また、つい先日守りの魔道具へ魔力を注いだ。その後国境側の守りの魔道具の色がマゼンダになった。

 もしかしなくても俺のせいだよな。

 きっとマーテリッテも俺が魔力奉納を行ったせいだと思っているに違いない。だからこんな言い回ししてきたのだ。


「……色が変わっただけで性能的に問題はなかったのですよね?」

「はい、幸いな事に問題無く魔物などの侵入はありませんでした。また今日升目の量を確認しましたが、注いでからまだ三日目ということもあり今のところ変化は不明でした」


 性能、燃費ともに現時点では問題ないのか。なら色が変わっただけなので取り急ぎ何か対応が必要という訳では無いな。

 でもこれからスラムと騎士団との講話を目論んでいる俺からすれば、出来るだけこういった変化は避けたい。

 避けたいけど……多分ばれてるよな。

 騎士団長以下十数名は、先日の魔力奉納に俺が参加したこと知っているし。


「内密にしても意味はないですよね」

「既にエグワイド様はご存じですが、騎士団には色のみが変わっただけなので問題はない、とは伝えております。ですが魔力奉納の際、騎士団長や第一部隊が警護に当たっていましたし、おそらく色の変化の原因は既に向こうにもばれていると思って頂いて構いません」

「そうですよねー」

「しかし領主として正式に回答しておりませんし、色が変化したのみですので今のところは問題ないかと思われます」

「今のところは……ですね」


 さて、これでどの程度影響が出てくるか、だな。

 多分あの隊長……トリルコル子爵だっけ、あれは鬼の首を取ったように言い立ててきそう。

 まあこちらとしては、今のところ色がちょっと変わっただけだが何か問題でも、と言えばいいだけだ。

 あとはロックレイズ君を通してソーレイに話でも通しておいたほうがいいかな。この前の対応を見る限り完全敵対という感じじゃなかったし。

 うん、ロックレイズ君便利だ。やっぱ伝手って大切だなぁ。


「マーテリッテ、ロックレイズを介してソーレイと話をしておきたいのですが構いませんか?」

「エグワイド様に了承を得ておきますが、問題は無いと思います。ただしわたくしも同席は致しますよ」


 守りの魔道具の件は、魔力奉納要員メンバーとしての対応になる。

 さすがにパパ自ら出席は難しいだろうけど、つい先日メンバーになったばかりの俺だけだと役不足だと思うしマーテリッテは必要だろう。

 そして先日パパに、次回からはエーレデルとマーテリッテの二人に任せるが良いか、と聞かれてイエスと答えた。それはすなわち守りの魔道具担当が、俺とマーテリッテの二人だけになったということだ。もちろん責任者はパパだけどね。

 今回もマーテリッテが俺にこんな話を持ってきたのは、単に担当が俺だから、という理由だろう。


「あとマーテリッテはもし騎士団から問い合わせがきても、色が変わっただけで今のところ変化はない、とするようにして貰えます?」

「承りました。しかしもし色意外に何か影響が出たらいかが致しますか?」

「どのような影響が出るか不明ですからね、今から考えても仕方ないでしょう。」


 人それを行き当たりばったりという。

 燃費が悪くなりました、くらいなら俺が頑張って奉納すれば済むだけだし。

 それ以外だと予想も出来ないんだから、焦っても仕方ない。今はソーレイに話しをつけておいて、いざというときに味方へ、最悪敵にはならないよう説得するだけだ。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 風呂から上がって夕飯を食べて一息ついているところだ。

 今はマーテリッテもクメさんも食事へ行っていていない、ロックレイズ君もそれに同席している。

 つまり、周りには誰も居ない。


 さあ身体強化を試す時間がやってまいりました。


 やり方はクメさんにこっそり聞いておいたから分かる。

 クメさんは感覚派なので理屈は分からなかったけど、どうやら魔力を全身の表面に巡らせれば良いらしい。

 あくまでクメさん方式なのでロックレイズ君が言ってた身体強化と違う可能性はあるが、騎士団側のやり方と異なっていたほうがばれにくいからそちらの方が良いか。

 えっと、まずは魔力を張り巡らせる……と。

 魔力奉納でやったように、手に魔力を集めて頭からぶっかけるようにした。

 まあこれじゃ張り巡らせるのではなく水浸しのような感覚だが、身体全身に染み渡るように魔力を張るのは難しいのだ。手だけなら楽なんだけどさ。

 目が徐々に熱くなる。濡れた感覚は無いが、淡い赤色の靄みたいなものが全身を覆い尽くしていく。

 まあこんなものか。

 そして次に表面に滴り落ちてる魔力を……こう粘着みたいな感じで身体に纏わせる。気分はうっすら赤い色の鎧だ。


 ここまでに要した時間が三分くらい。実戦では使えないな。

 クメさんは一瞬でこれを展開できるそうだ。

 汗を吹き出す感覚って言ってた。身体から霧みたいに魔力を吹き出してそれを纏わせるのかね。汗の霧ってなんかすごく嫌だが。


 さて、威力はどうかな?

 ロックレイズ君の言うとおりだと、数十秒も使っていれば明日は筋肉痛で動けなくなるとかいう話しだし、使いすぎは注意だな。

 えっと、じゃあ跳んでみるか?

 でも万が一天井突き破ったら大変だしなぁ。

 自分で自分の手を握ってみよう。

 

 おそるおそる右手で左手首を握る。が、感触は普段と変わらない。

 軽く力をこめてみるけどやはり変わらない。

 これは強化されていないのか、強化されているけど自分自身には無効なのか、もしくは握力と手首の頑丈さが同じだけ強化されているから気がつかないのか。

 分からないなぁ。

 やはりこれは外でやらないと色々と危険だよな。でも護衛も無しに外へ出るとマーテリッテから説教喰らうし。

 やっぱ後でクメさん監修の元に外で少しやるのが良いかな?

 うん、そうしよう。チキンだけど下手して部屋壊したら目も当てられない。


 そして意識せず一歩前へ踏み出した。


 バキッ、という乾いた音と共に視界が一瞬で変わる。

 部屋の中央にあるベッド付近に居たのに、何故か目の前に部屋の壁があった。


「うぉっ!?」


 思わず尻餅をつきかけ、咄嗟に手を床へ伸ばし……。

 ゴンッという硬いもの同士のぶつかる音が下から響いた。


「ふぁっ!? な、なんだこれ!?」

「どうしました、エーレデ……って何をやっているのですか」


 とその時鍵が外され乱暴に開いたドアからクメさんとマーテリッテの二人が飛び込んできた。

 しかし俺が両手を床についた姿勢を見て、途中から呆れた口調に変わった。


「妙な物音が聞こえましたからもしやと思い急ぎ馳せたのですが、エーレデル様は一体何をやっていらしたのですか?」

「え、えーっと……ちょっと実験?」

「何の実験でしょうか? ベッド近くのカーペットがものすごく傷んでいる様子ですが」


 迫力のある顔が俺とベッド近くを行き来している。

 マーテリッテの目が据わっているよ、怖いよ。


「あれは貴い犠牲だったのです」

「どういうことですか? 何が犠牲なのですか」


 マーテリッテの突っ込みが厳しい。

 これは危険な兆候だ。ちょっとだけ話題を逸らしてしまおう。


「あー、ロックレイズの姿が見えないようですが」

「ロックレイズには部屋の外で周囲を警戒するよう頼んでおります」


 つまり三人で仲良く飯食ってたら、物音が聞こえたので襲撃かと思って慌ててきたということだろう。

 もしそうなら部屋の中だけでなく、部屋の外や周辺も危険だからロックレイズ君をそちらに差し向けたのか。

 護衛って一言で言ってもちゃんとその辺考えるんだな。俺がスラムに居た頃は力で押してくる奴らしかいなかったからなぁ。そこまで気にしなかったよ。

 なんて考えてたらクメさんが一刀両断してきた。


「室内でやるのダメ」

「ばれてる?!」

「昨日の今日だから」


 クメさんに教えて貰ったのが昨日だ。それで今回の騒ぎなのだから一発で分かったのだろう。


「クーメレイテアは何か知っているのですか?」

「身体強化」

「あー……なるほどですね」


 その一言でマーテリッテは察したようだ。

 そして懇々と今回の件について説明された。


 室内、というより領主の館は襲撃に備え床や壁は魔道具で強化されている。だから簡易な魔法や剣ではそうそう傷を付けることができない。もちろん領主の館だけでなく、高位貴族の館や領城なども同様だ。

 そんな壁や床から音を立てるほどの衝撃が聞こえたのだ。それは慌てて当然だろう。

 もちろんこの二人以外も、領主の館にいる護衛騎士が全員主の周囲を固めるように動いたらしい。

 今、この館は臨戦態勢だ。


 これからマーテリッテはその説明をパパにしにいくらしい。場合によっては俺も呼び出し喰らうよ、だってさ。

 これは非常時の緊急訓練にできないか、いわゆる九月によくやる避難訓練の一種だね、なんて提案したのだけど冷たく却下されました。


 ごめんなさい。



活動報告に記載しましたが、不定期更新になりそうです




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