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第十二話



「さてエーレデル、これが守りの魔道具だ」


 パパは浮いている巨大な本を指さして説明し始めた。


「目には見えないがこの魔道具は国境を守護している魔道具と繋がっており、ここから奉納した魔力が国境側の魔道具へと伝わっていくのだ。どうだ、素晴らしいだろう?」


 あれ? あの本の上から出ている太い糸が導線だよな?

 でもパパは目に見えないって言ってる。

 もしかして普通は見えないものなの? じゃあクメさんの証であるブレスレットから出ている糸も他の人には見えないの? 俺ってもしかして特殊? もしばれたらやばい? 実験動物になっちゃう?


「……幻想的な景色で思わず見惚れてしまいました」


 次々と怖い想像が出てきたので、糸みたいなのが見えることは内緒にしておく事にした。

 チキンでごめんね!

 でも実験動物になりそうになって逃げたとしても、正直ソーレイを代表するような騎士たちにあっさり捕まりそうだからな。

 なるべく特殊だと思われる事は控えるようにしよう。


「うむ、さあエーレデル、早速魔力を奉納してくれ」


 そう言われてもパパ、何をどのようにすればいいのかさっぱり分からないよ。

 マニュアルないの?


「何をどのようにすればよろしいのですか?」

「おや。マーテリッテ、まだ魔力奉納のやり方を教えていなかったのか?」

「今回魔力奉納を行うと決まったのは昨夜です、エグワイド様。さすがに急すぎますので、実践させたほうが良いかと考えました」


 俺が全く分からないと答えたら、若干咎めるようにマーテリッテへと問いかけるパパ。しかしマーテリッテは軽くスルーしたよ。

 でもさすがに昨日の今日で覚えるのって無理だし、実際やりながら覚えた方が手っ取り早いのは確かだからマーテリッテの言葉は合っている。


「ふむ、それもそうか。ではマーテリッテ、任せた」


 そしてパパは一歩俺らの後ろへと控えた。

 うっわ、丸投げだよ。

 そして代わりにマーテリッテが本の前へと立つ。


「ではエーレデル様、こちらの巨大な本が守りの魔道具です。そしてこの本の下に描かれている魔法陣が、魔力奉納を行う箇所になります」


 マーテリッテが足下を指さすと、そこには複雑な魔法陣が描かれていた。

 蛍の光が照らしているので普通の人ならうっすら見える程度だろうが、俺にははっきりと映っている。

 しかし映っているからといって理解できる訳では無い。

 よくある円形で内側にはいくつもの意味不明な文字や絵、そして五芒星や六芒星といった図が書かれている。これで血の色だったら完璧に悪魔召喚に使われてそうな魔法陣っぽいな。


 更にマーテリッテは一枚の紙を差し出してきた。

 ぱっと見ると、ご飯前に祈りを捧げた時のような文字が書かれている。


「暗くてよく見えないのですけど……何ですかこの紙は? 文字が書かれているように見えますが」


 もちろんはっきりと俺の目には映っているけど、ここは誤魔化した方がいいだろう。


「魔法陣を起動させるための呪です。これを唱えながら魔力を魔法陣へ注ぎ込むのです」

「単に魔力を注ぐだけでなく、これを唱えながらでないとダメなのですか」

「はい、魔法陣を起動しないと魔力を注ぐことができませんので。そしてここから見えると思いますが本の背表紙に升目があり、紫色がちょうど半分くらいまで埋まっているのが分かりますか?」


 おお、確かにメーターっぽいのがある。

 なるほど、きっとあれが今魔道具に残っている魔力なのだろう。

 つまり今は半分だけ魔力が残っている状態だ。これが空になると国境の魔法フィールドが消えると言うことになる。


「あの紫色が升目から全部消えると空になる、で間違いないですか?」

「その通りです。そして空になれば国境を越えて魔物などが領内へと押し寄せてきますし、下手をすれば隣国の兵士や許可を得ていない冒険者、ならず者、強盗なども入り込んできます」

「戦争になるって事ですよね? すっごく重要じゃないですか!」

「……今更ですか?」


 マーテリッテに呆れられてしまった。

 パパも大きくため息をついている。

 魔物くらいしか想定してなかったけど、まさか他国の兵士もこの魔道具で守ってるとは思わなかったんだよ。これ治安の要じゃん。


 ……あれ。ということはこの国は、殻に閉じこもっているということだよな。

 他国と貿易もしていないのだろうか。外貨をどうやって稼ぐのだろうか。

 いやいや、領主の許可があればフィールドをすり抜けられるんだから、誰か商人を選定して売買させればいいのか。

 しかし外敵が存在しない、いや外敵から完全に襲われないような国家ということは中は安全であり、それは中が腐っていく一方になりそうな気がするのは俺だけだろうか。外見は綺麗にみえるけど、中身は虫食い状態な果物だ。

 まあその辺は俺が気にするようなところじゃないか。


 あと気になるのは燃費だな。

 これは聞いてみよう。


「ちなみに、これは満タンから空になるまでどの程度の期間かかるものなのですか?」

「何事もなく単に維持するだけでしたら三ヶ月程度ですね。しかし魔物などはこの障壁に体当たりなどを頻繁に行うらしく、せいぜい持って一ヶ月、魔物の大行進が発生すると一週間持たない可能性もあります。このため守りの魔道具への魔力奉納は一週間に一度行うようにしていますし、確認は毎日行っております」


 つまり障壁が攻撃されると一気に魔力が減っていくと。

 しかも魔物の大行進って、多分魔物が大量に集まって一気に攻撃しかけてくるんだよね?

 怖いな。

 毎日確認すると言うことは、誰かここに入れる人が毎日来て目視するんだよね。面倒だけど、大量の魔物がきて障壁が破られて一気に蹂躙される危険性があるのなら仕方ないだろう。


「ですから魔物の大行進が発生していないか、もし発生しそうなら事前に潰すために、常時騎士団の第二部隊が国境外近辺の魔物を調査しながら狩っているのです」


 へぇ、ソーレイのところってそれが仕事なのか。

 領、というより国家の安全を背負っている部隊だからかなり重要な仕事だよね。確かに常に魔物と戦っているのなら騎士団長のおっさんも強い人を常に募集するのも分かるわ。


「でも国境外、ということは国外ですよね? 他国に騎士団が入っても良いのですか?」

「他国との境には緩衝地帯と言うべきか人が住めないほど魔物が多く住んでいる地域があります。また他国も魔物に手を焼いていますので、こちらが魔物を狩る分には何も言われないどころか歓迎されるでしょう」


 ふむふむ、それは知らなかった。

 というより俺ってこの世界の地理がさっぱり分からない。地図があるなら後で見せて貰おう。


「エーレデル様、本日は魔力奉納が主ですからこの辺りの背景はまた後日ご説明致しますよ」


 おっと、そういやそうだったな。

 歴史と地理ってやはり重要だ。背景が分からないと何故こうなっているのかが分からないからな。


「分かりました。この紙に書かれている文字を読みながら魔力をその魔法陣へ注げば良いのですよね?」

「その通りです。なお升目以上に魔力を注がないようお気を付けください」


 ……さっきペンダント壊しかけたから気をつけよう。


「その前に明かりを灯します」


 マーテリッテから貰った紙を魔道具から出ている光にあてようとすると、彼女が遮ってきた。

 そして指先をくるくると回しながら流れるような韻律で俺の知らない言葉を発した。


<闇を照らす明かりを示せ、光明ライト


 そう言い終えた瞬間、彼女の指先に輝く魔法の明かりが発現した。

 魔法の基礎中の基礎、光明だ。

 初心者は誰しもこの魔法で基礎を習う。

 俺もスラムに居た頃、テミという魔法使いにこの魔法を習った事がある。ただ俺が光明を使うと電球どころか雲まで届くようなサーチライト以上に明るくなってしまうので使用禁止になったけど。


「ありがとう、マーテリッテ」

「側仕えの仕事の一つですから」


 手元が明るくなったので紙に書いてある言葉を読んでみた。

 魔法陣の起動キーのような物だと思うんだけど意味分からん。

 まあ意味が分からなくても、書いてある言葉をそのまま言えばいいんだろ。


「では始めます」

「エーレデル様、わざわざ座って手を当てなくとも魔法陣の上に手を翳せば良いですよ」


 そう一言断って俺は座り込んで魔法陣に手をあてようとすると、マーテリッテに止められた。

 そ、それくらい知ってたよ! 魔法陣の上へ手から魔力をこぼすイメージだよね!


「で、では改めて……始めます!」


 座り込んで少し埃がついたローブを叩いて立ち上がり、今度は気合いを入れる。

 何故かマーテリッテの目が微笑ましい物を見たような目つきになってるのが気になるが、無視だ無視。


<祈るは降魔の盾>


 最初の一節を言葉に発した直後、魔法陣が紫色に淡く輝きだした。

 それと連動するように魔法陣の中心にブラックホールのような穴がぽっかりと開いた。

 ここへ魔力を入れろって事か。

 穴のサイズは俺の手の平くらいだから小さいけど、もし人がすっぽり入るくらい大きくて、その中に入ったらどうなるのだろうか?

 異次元へワープする? もしくは本当のブラックホールのように超高重力になっててすりつぶされる?

 おおう、想像するとちょっぴり怖い。


「エーレデル様?」


 あ、マーテリッテに急かされた。

 急いでやらなきゃ。


<古の盟約に基づき我エーレデルが祈りを捧げん>


 次の節を読みあげながら、俺は手から魔力を穴へと注ぎ始めた。

 次第に目が熱くなっていく。

 マーテリッテが俺の顔を覗き込み、なぜか満足そうに頷いた。ああ、ちゃんと俺の目が赤くなっていないか確認したのか。

 絵心はともかく目を隠す魔道具としては成功しているようだ。


 それはともかく魔力を注ぐ。イメージは車にガソリンを入れる感覚だ。

 はーい、二十リッターくらい入ってますー。


 なんて思いながら上を見上げると、魔道具の変化に気がついた。

 魔力を注ぐ度に本が明滅し太い糸が何かを送るように蠢いているのだ。気色悪い触手プレイを見ているようだ。

 でもあれは注いでいる魔力を遠方の魔道具へと送り込んでいる動作なんだろうな。

 そして面白いように魔力メーターがあがっていく。


<我が糧を代償に大地を守りし盟約の盾となり賜え> 


 どんどん魔力を注いでいく。

 ちらと魔力メーターを見ると既に九割ほどに達していた。

 今の感覚はだいたい四十リッターくらい入れた感じ。

 と言うことはこの魔道具は百リッタータンクだな、リザーブがあるのかは知らないけど。


 そして俺は車にガソリンを入れるとき、ぎりぎりまで入れるタイプである。タンク入り口のすぐそこ、溢れんばかりまで注ぎ込むのだ。それで燃費計算してたからな。

 そんなチャレンジ精神がむくむくとわき起こった。

 これはどこまで入るかチャレンジしなければならないだろう。


 ほぼ満タン近くまで上がったが、更にちょろちょろと魔力を注いでいく。

 穴を見るけど注いだ魔力が見える訳では無いので、どこで止めて良いか分からない。

 でも、ま、大丈夫だろ。


 ちょろちょろ、ちら。

 ちょろちょろ、ちら。

 ちょろちょろ、ちら。


「エーレデル様! 止めてください!」


 穴へ魔力を注ぎメーターを見る、を繰り返しているとマーテリッテの悲鳴のような声に遮られた。

 ちっ、まだあと五百ccくらいは入りそうなのに。


「その魔道具は国を挙げて制作されたものです! 金額に換算すると白金貨百枚以上は確実にしますよ!」


 俺が酷く残念そうな顔をしながら更に注いでいると、マーテリッテが金の価値で訴えてきた。

 ……ん? 白金貨?

 それって大金貨の上だろ?

 えっと金貨一枚が百万円で、大金貨一枚が一千万円、白金貨一枚が……。


「ご、ごごごごめんなさいっ!」


 慌ててちょろちょろと流し込んでいた魔力をストップさせた。

 百億は下らない魔道具を壊したら一生かかっても弁償できない。


「エーレデル様にはお金の価値で伝えた方が宜しいですね」


 庶民には目に見えない価値より、金という価値のほうが分かりやすいのだ。

 改めて本の背表紙にある魔力メーターを見ると、ほぼ満タンになってる。うん、これで無事魔力奉納は終わったかな。


「エーレデル、魔力は大丈夫か?」

「特に減ったようには感じておりません」


 一通り終わった時を狙ってパパが声をかけてきた。

 でも正直魔力が減ったようには思えない。ぶっちゃけこれを連続で十回やっても大丈夫な気がする。

 いや面倒だからやらないけどさ。


「……本当か。今までは半分から上限まで魔力を注ぐのに七人かけていたのだが、リリス族というのは凄まじいものだな」


 ふーん、五十リッター入れるのに七人必要ということは一人平均七リットルくらいなんだ。

 じゃあ俺ってどれくらいあるのかな。

 五十リッター使っても減った感覚しないからちょっと想像できない。


「まあよい。次回からはエーレデルとマーテリッテの二人に任せるが良いか?」

「はい、承りましたエグワイド様」

「頑張ります」


 こうして俺の初の魔力奉納は無事に終わった。

 しかし無事に終わると、得てして見えないところで何かが起こっているものである。



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