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第十話


「エーレデル様、なぜお断りなさらなかったのですか」


 駐屯地からの帰り道、平民街を抜けて貴族街に入った途端マーテリッテが詰問口調で問いかけてきた。

 何でって言われても、正式な基礎の剣をちゃんと教えてくれるものなら誰でも良かったのだ。


「確かあの見習いの名はロックレイズでしたよね、彼が何か問題でもあるのですか?」

「いえ、彼に問題はありませんがトリルコル子爵が彼を推薦した部分に問題があるのです」


 マーテリッテが言うには、ロックレイズは騎士団長の息子だそうだ。

 それだけ聞くと名家出身だな、と思うのだが実は庶子だとのこと。

 どうやら騎士団長、レイミット=アファイル伯爵という名らしいが、相当な女好きで普通嫁さんは第二夫人くらいまで、理由があっても第三夫人までしか持たないが、彼は六人も嫁さんがいるらしい。なんだそりゃ。

 しかも嫁さん以外にも自分の側仕えとか色々と手を出しているらしいよ。

 それでもさすがに嫁さん以外と子は産まないように、事をする前に魔道具で制限かけているようだ。


 ……その魔道具ってぶっちゃけ避妊具だな。

 ちゃんとこの世界にも避妊具などがあるのか、と妙に感心してしまった。


 それは置いといて、そんなある日魔物討伐に出かけた際、たまたま見かけた市井の女が可愛くて手を出したっぽい。その時避妊用魔道具を持って居なかったけど、そうそう当たらないだろ、と思ってたら見事に子を成したという。

 その時生まれたのがロックレイズだそうだ。


 彼は十歳くらいまで市井で母親と暮らしていたけど、どういう理由かは知らないが騎士団長がロックレイズを発見したらしい。その後、一悶着あったもののロックレイズは騎士団長に認知され、伯爵家の子として貴族街で生活するようになった。

 マーテリッテが言うには、おそらく一定以上の魔力があったことと、剣の腕が良かった事から騎士団に入団させるために認知したとのこと。

 騎士団の第二部隊は対魔物部隊であり死亡率も高い事から年中人材不足で、強い者はどんどん補充していくようだ。平民でも強ければ騎士爵という一代限りの爵位を与えて入団させるらしい。


 だが庶子とはいえ伯爵家の子だ。

 それより下位の爵位の者からは、平民の血が混じっているくせに生意気だぞ、という分からない理由で疎まれている。本来であれば父である騎士団長が庇うべきなのだが彼自身も人材の補充が出来てよかったよかった、くらいしか思って無くあとは完全放置状態なので絶賛いじめられっ子らしい。

 何で待合室でスラムのお弁当食ってたのかやっと理由が分かったよ。どうせ駐屯地とかのレストランは貴族しか使っちゃダメだから半端もんのお前がくるなよ、なんて言われてたのだろう。

 でもってあの隊長のセリフは、平民出身の俺と庶子のロックレイズなら似たもの同士話しも合うだろ、という侮蔑を籠めた意味だったそうだ。


 うっわ、すごくどうでもいい。


 マーテリッテは、辺境伯の一員に対する対応ではない、と激おこ状態だけど、私的には訳分からん意味不明の嫌がらせはどうでもいい。

 そんなものは放置して、ロックレイズ君という剣の師匠ができた事を素直に喜ぼうではないか。


「マーテリッテ、わたくしは特にお断りするような理由は思いつきません。それ以上にタダで剣の先生が得られたのですから喜ぶべき事ですよ」


 俺は帰り際あの隊長に、ロックレイズの貸出料金は無料でいいですよね、と言質を取っておいたのだ。

 あの隊長は、成人した騎士ならともかく彼は見習いという立場だからどうぞどうぞ、と諸手を挙げて言ってくれた。ただし最長で彼が成人するまでの期間だけだが。

 

「わたくし、今日一つエーレデル様の事が分かりました。エーレデル様は無料という言葉に弱いですね」

「大好きです」


 タダより高いものはないと言うが、貰えるモノは何でも貰うむしろ奪え、がスラムだ。スラムで記憶が戻ってからの五年間、俺は厭と言うほど身にしみた。


「ロックレイズは十四歳で成人まであと一年ありません。たったそれだけの期間のためにトリルコル子爵に借りを作ったのですよ。今後何を言われるか分かりません。今から胃が痛くなりそうです」

「え? 借りなんて作ってませんよ?」


 なぜ? と不思議そうな顔をしたマーテリッテに俺は説明した。


「彼の貸し出しの対価が無料なのですから彼の価値はタダということになります。これが相場より若干値引きされた額なら、あのとき割引しましたよね、と言われますけど無料のモノなのだから、わたくしは無価値のものを一定期間預かったことになります。むしろ維持費を含めた迷惑料を受け取ってしかるべきですよ」

「……発想がわたくしとまるで異なります。よくそんな事を思いつきますね」

「唯々諾々と受け取るのではなく、様々な反論を用意してタダでは転ばないようにするのですよ」


 殆ど言い訳じみた考えだが、何故かマーテリッテに酷く感心されてしまった。

 ずずいっと顔を近づけてまるで狂ったように叫び出す。


「さすがエーレデル様!」

「へふぁ?!」

「それが魔族の知識、という所でしょうか。素晴らしいです!」

「だから顔近いってば!」


 つばが飛んで顔にかかったじゃないか。

 あ、でもご褒美?


「し、失礼しました!」


 慌ててマーテリッテがハンカチを取り出して俺の顔を拭いた。

 別にそのままでも良かったのに、なんて思ったり思わなかったり。


「帰宅次第湯浴み致しましょう。それまでご不浄なことに不便をおかけして申し訳ありません」

「いえいえ、ご褒……いえ、何でもありません。それより湯浴みの時の目隠しどうにかなりませんか?」

「なりません。なるべく早いうちに伯爵家の方の側仕えを見つけましょう」


 そういやロックレイズ君、伯爵家の子だったよね。

 彼経由で誰か紹介してくれないかな。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 帰宅してすぐ風呂に入り念入りに顔を洗われた後、午後のお茶会となった。お茶会といっても休憩時間ではなく、二人と茶を飲みながら今後の話をする会議だ。

 ただクメさんは殆ど何も話さないので、実質マーテリッテと会話するだけなんだけどさ。

 でもって、まず決めなきゃいけないのはロックレイズ君の件だ。

 基本的に彼は騎士団長の家から通いとなる。

 このため寝泊まりする部屋を用意する必要はないのだけど、今まで女の園(性別上)だった場所に男が来るので色々と準備が必要だ。主なところはトイレ、食堂や飯、勤務時間、着替えなど。


 ちなみに平民、というよりスラムのトイレはぼっとん便所だった。ある一定量溜まると魔法を使えるものが火の魔法で焼却するのだが、その際の匂いが非常に臭い。

 ただ俺が来るまではその辺に放置が基本だったから、それに比べれば随分と違う。排泄物を放置だなんて病原菌のたまり場になるからな。

 そして貴族街のトイレはなんと水洗式だ。

 ちゃんと地下に汚水路が設置されていて街の外へ出て行き、最終的に俺がスラムでやってたことと同じ街の外で火の魔法で燃やす。

 こっちは魔法で火が出せるから元の世界に比べるとエコではあるな。


 とまあ下の話は置いてロックレイズ君の件だ。


「ロックレイズを受け入れる準備が必要ですね」

「この屋敷に住む訳ではありませんし、剣の授業以外は護衛としてクーメレイテアと共に居て貰っても宜しいかと思います。クーメレイテアが室内の護衛でロックレイズは室外ですね」

「食事やトイレはどうするのですか?」

「食事についてはわたくしたちと同じで宜しいかと。所用や着替えなどについてはリッテンスバルたちと同じ場所で構わないでしょう」


 ああそうか。リッテンスバルらの執事たちの中には男もいるんだから彼らと共用でいいのか。

 しかし部屋の外で待機、もとい護衛って辛いよな。一人寂しくぽつんと立ってるだけだぜ? いじめられっ子からぼっちへ転職だよ。


「食費はどうなるのですか?」

「エグワイド様にご報告と共に相談が必要ですが、エーレデル様の給金から差し引く形となるかと思われます」

「……早めにスラム行きたいです」


 クメさんの剣の授業はなくなったから俺の給与は月二十万に戻ったけど、一人分の食費が減るのは大きい。

 早くスラムへ行って今後の打ち合わせを側近たちとしなきゃ本気で金がやばい。


「そうですね、思ったより貴族のお勉強が捗っていますから、今のペースなら一週間後には行っても宜しいでしょう。ただし一日だけですよ」


 長かった。

 いやまだここへきてから一週間経ってないけどさ。はやくあいつらの顔が見たい。

 一応手紙は初日に書いて出しておいたけど来週くらいにそっち行くから首を洗って、じゃなくみんなで出迎えろって手紙送らなきゃ。


「おお! やっとか!」

「言葉遣い」

「心がうきうきして、狂ったように喜んで乱れながら舞いたい気分ですわ」


 人、それを狂喜乱舞という。


「なんですかそれは。ロックレイズは明日からこちらに来られるよう手配致します。それとエーレデル様」

「はい?」

「今夜は守りの魔道具へ魔力奉納を致しますので今からそのご説明を致しますね」

「と、突然ですね」


 そういえば魔力奉納の仕事があったな。エグワイドから俺に求められる二つのうちの一つだったっけ。

 

「はい、昨夜エグワイド様とお話しまして今夜魔力奉納を行う事になりました」

「そういえば、マーテリッテは昨夜養父様へご報告しにいってましたね」


 こっちはクメさんの証の件で色々とわたわたしてたけど、マーテリッテはパパと裏でこそこそ話しをしていた訳か。

 でもって魔力奉納ね。

 パパから聞いた話からすると、このレイテル領は国境線を持っていてそこに沿った形で魔法フィールドが張られている。その魔法フィールドは魔力を元に機動していて、そのフィールドを維持するため魔力を定期的に与える必要がある。だけど国境線全部を張り巡らせるためにはたくさんの魔力が必要で、大変だから手伝ってね。ってかむしろ俺に全て任せた。

 まとめるとこんな感じだったな。


「魔法フィールドがいまいち理解出来かねますが、ニュアンス的には概ねその通りです。またこの魔力奉納は二つありまして、一つは守りの魔道具に魔力を奉納するのと、もう一つが大地の魔道具に魔力奉納を行うものです」


 そんな感じでマーテリッテに説明すると、一応理解してくれた。

 が、大地の魔道具などという新しい単語が出てきたよ。なんだよそれ。


「大地の魔道具……ですか?」

「作物を育てるための魔道具です。大地に魔力を捧げる事で作物の生長を促す事が出来るのです。これは自給率を上げるためにも、また農業を営む平民たちにも、我々の食料のためにも必要なものです」


 ああ、わかった。スラムで俺がやってたことか。

 俺が初めて土地を耕した時、鍬がなかったので手に魔力を籠めて土を掘り返してたけど、なぜか異様に生長が早かったんだよな。

 その後色々と調べた結果、魔力を土に与えながら耕すと生長が良くなることが分かったので、スラムでの俺の仕事の半分がそれになったんだよな。一度耕せば暫くは大丈夫だったからそこまで大変じゃなかったけど。


「わたくし、スラムで同じように魔力を直接土に与えて育ててましたけど、それと似たような事を行っていたのですね」

「……なるほど、なぜ見捨てられた土地で作物が育っていたのかと思ってたのですが、エーレデル様が魔力を奉納していたのですか」

「見捨てられた土地ですか?」

「はい、農作物を育てる平民がいない土地にわざわざ魔力奉納する必要はございません」


 例えば家が建っている真下の地面や、道路なんかは畑に出来ないから不要って事か。

 魔力という限りある人的資源だから範囲が狭いほうが楽なのだろうけど、見捨てられた土地っていうのはなんだかなぁ。


「魔力を奉納する場所はどのように選択できるのでしょうか。大地の魔道具に何か設定するとかですか」

「はい、大地の魔道具を起動すると地図が浮かび上がりますから、その地図に指定することで場所を選択出来ます」


 なんだかすごいハイテクだ。

 空に浮かぶタッチパネル式のディスプレイをイメージしてしまったけど、そんな感じかな。

 スワイプやピンチアウトしたりすると地図を移動したり拡大縮小できそうだよな。

 なんかかっこいい。


「それは是非見てみたいです」

「残念ながらエーレデル様のご担当は守りの魔道具ですから、大地の魔道具に立ち入る事は出来ませんよ」

「な、なん……だと」

「また、今夜の準備ですが儀式用の礼服に着替えて頂くのと、守りの魔道具へのご登録を行います。参加する方はエグワイド様とエーレデル様、そしてわたくしの三名になります。クーメレイテアは護衛という形で魔道具のある場所の出入り口までついてきて頂きますが、中へは入れません」


 俺の驚きが完全スルーされてしまった。

 しかし一口に魔力奉納と言っても担当ごとに分かれているのか。

 守りも大地もどちらも確かに不用意に他人を入れて壊されてもしたら大変にはなるだろうけどさ。どっちも下手すれば領が崩壊するだろう。

 しかしたった三人か。なんでだろう?

 ああそっか。魔族の件はパパとこの二人以外には秘密だったっけ。でも護衛であるクメさんですら中には入れないとは。


「たった三人だけですか。護衛すらも中に入れないのですか?」

「はい、魔道具を納めている場所は魔力奉納要員以外は立ち入り禁止となっております。エグワイド様の護衛は騎士団長ですが、彼も出入り口までで中には入れませんよ」

「貴重な魔道具なのですね」


 騎士団長ってロックレイズ君の父親で、女好きの伯爵か。

 確かにそんな奴を不用意に中へ入れられないよな。

 などと思っていると、マーテリッテが不気味なほど凄みのある笑顔で俺を見ていた。


「はい、ここを他人に抑えられると領自体がその者のモノになると言っても過言ではありませんよ、エーレデル様」


 何となくマーテリッテの笑みが怖く感じて俺は当たり障りの無い話題へと変えた。



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