4話
「うわああああっ! ちょっと! ナニ、ナニ! たんま! たんま!」
馬人間は斧を投げ捨てると、両手を振ってあわてて退いた!
「うぬ! 逃げるとは卑怯なり! おまえが迷宮の化け物、ケンシロウだな!」
「たしかにわたしはケンシロウだが……迷宮の怪物ではないぞ!」
「ウソを申すな!」
いきり立ったファンスが、ケンシロウを追い詰める!
「ちょ、ちょっと! ファンス! 待ってくれちょび! この馬の言うことを聴いてやろうちょび!」
チョビは小さな体で、ケンシロウとファンスの間に立ちふさがった!
「チョビ殿……どいてくだされ!」
「でも……この馬はすぐに斧を捨てたちょび。武器を捨てるすなわち降参だ。これ以上の攻撃はナシにするべきだちょび!」
「たしかに……馬よ、最期に何か言い残すことは?」
ファンスがやっと剣を納めてくれた。やれやれだちょび。
「さっきから馬、馬って……あんたら失礼じゃない? 仮にもおれ、ケンシロウさまよ? 知ってるでしょ? あの、牛を倒す男と言われている、不死身の神話の英雄!」
「ケンタウロスなら知っているけどちょび……洞窟の入り口に、なんで自分の所在を書いておいたんだちょび?」
チョビは地面に書かれていた『右へ行くと行き止まり。左へ行くとケンシロウ』という文字を思い出していた。
「おお! あれを読んでくれたのか! この洞窟に入ったとき、念のために地面に記録しておいたんだ。右は行き止まりだったから、おれは左に行くと。誰か助けに来てくれると思っていたら、百年近く誰も来ないんだぜ! おれ、体が馬だろ? 階段が上れないんだよ! 入ったときは、あんな『らせん階段』なかったんだぜ!」
「ケンちゃんは、なぜここに入ったんだちょび?」
「ケンちゃんって……。だが、よくぞ聴いてくれた! おれはこの魔宮に閉じ込められている、ミーノタロウを倒しにきた! ミーノタロウはこの迷宮で、9年に1度ずつ生贄の少年少女を食べながら、生きながらえていたんだ」
「ええっ! そんな恐ろしい怪物が! ファンス! 早く逃げるだちょび!」
チョビはファンスの腕を引っ張って逃げようとした。
「チョビ。今、ケンちゃんはミーノのことを過去形でしゃべっていたぞ。その怪物はもう、ここにはいないんじゃないのか?」
「そういえば……ケンちゃん! ミーノタロウは今、どこにいるのかちょび?」
「ああ! おれが倒してやった! この両刃の斧で! この迷宮は両刃の斧という名が付いていた。おれは両刃ならミーノタロウを倒せるのだろうと推理し、生贄のフリをして潜入したのだ! 牛の頭のミーノタロウは、とっくの昔に成敗してやった!」
「ほんとかちょびー! よくやったちょびー! バンザーイ! 危険を冒す手間が省けたぞちょびー!」
チョビはピョン、ピョン飛び上がって喜んだ!
「チョビとやら……喜ぶのはまだ早い。問題は、どうやってここから出るかだ」
「なんでだちょび? 元来た道を帰るちょびよ。ノープロブレム! 問題なしちょびよ!」
「しかし……ちょび殿のペロペロキャンディーのリボンが……切れておりますぞ?」
「ええ! ホントだちょび!」
なんと! ちょびが舐めていたペロペロキャンディーのリボンの先が、プッツリと切れていたのだ!
「でも……1本道だから、目印がなくても帰れるちょび!」
「チョビ殿……うしろを御覧なさい」
ケンシロウが、チョビのうしろを指差した。チョビはうしろを振り向いた。な、なんと! 道が二股に分かれている!
「なんだこりゃちょびー! 帰れなくなったちょび! だれだ! リボンを切ったの!」
「たぶん……ブルータスという、我らが探している悪党の仕業でしょう」
ファンスが腕組みをしながら答えた。
「なぜだちょび? ブルータスはどこにいたんだちょび?」
「おそらく、らせん階段の下の暗がりにでも潜んでいたのでしょう。我々が出発したあとで、チョビのリボンを切ったのです。う~む。リボンを8の字で縛っても、ナイフで切られてはひとたまりもなかったか……今度から強力なワイヤーを出す魔法を修得しておいてくださいね」
「今度っていつだちょび! 生きて出られるかわかないんだぞ! ファンス! 騎士なら暗がりのチェックぐらいしておけよ! それと……王子はどこだちょび?」
「そういえば……さっきから静かでいいなと思っていたら……」
どうも王子の声がしないと思ったら、どこにもいない。
「どうすんだちょびー! 全責任がチョビの肩にかかってしまうじゃないかちょびー!」
「チョビ、とりあえず、入り口まで戻ったほうがいいですね」
「あいや、待たれよ!」
突然、ケンちゃんが進み出た。
「なんだちょび? ケンちゃんは帰り方がわからない役立たずでしょ? ケンちゃん、百年もこの迷宮に居たから、地上じゃミーノタロウの代わりにあなたが化け物扱いされてるよ? ケンちゃんが過去に英雄だったとしても、今やあなたの評判、ガタ落ちだよ? いいよ、もう付いて来なくても。怪物がいないなら、暗いだけで恐くないから。それにケンちゃん、階段上れないでしょ? あとでセバスチャンっていう老いぼれか、ダンナだかダノンだとかいうおっちゃんにロープで吊り上げてもらうから。そこで草でも食べて待っててくれちょび。ああ、ケンちゃん不死身だっけ? いいな。食費がいらなくて。もしかして……何か食べ物を持ってないかちょび?」
「百年もこんな暗闇に居て、食べる物があるわけないでしょ。ちなみにわたしの持ってるたいまつは、絶対に消えない火で出来てます。そうじゃなくて! うしろを見たでしょ? ここは、歩けば歩くほど迷路が拡がっていくんです。こうなったら、元々ミーノタロウがいた迷宮の中心に行きましょう。このまま真っ直ぐに、1本道を進めば行かれます」
「ぼくらの話を聴いてましたかちょび? 王子がいなくなったんですよ! 早く見つけ出さないと! ぼくが大変なことになるちょび!」
「ですからー。戻ってもますます迷うだけです! あんたら、おれと違って不死身じゃないっしょ? だったら、百年もここをさ迷っているおれに任せなさい! ソラ! いくぞ!」
「百年も居る人に付いて行くほうが不安なんだけどちょび……」
「でもチョビ。それしかないぞ。ケンちゃんが言う通り、戻っても迷うだけだ。運が良ければ、ブルータスと王子に偶然、会えるかもしれないぞ!」
ファンスがケンシロウに同意した。
「そうかな……では、ぼくもそうするちょび。民主主義は多数決に従わないといけないちょび。長い物に巻かれろが師匠の教えだちょび」
チョビたちは前へ進んだ。一時間ほど歩くと、前方が明るくなってきた。
「おや? 灯りがついてるちょび」
「ああ。ここはいつも明るい。外へ出ようとしても、どうしてもここに戻ってしまう仕組みになっているんだ」
道の先に、大きな広間があった。何本もの柱で支えられた円形の部屋だった。宮殿のようなその造りは、ここで何かの儀式でもしていたかのようだった。
「あっ!」
「ケンちゃん、どうしたちょび?」
「壁に掛かっていた金の斧が無くなっている!」
「え? ホントに?」
「ああ。怪物ミーノタロウはそれを守っていたんだ」
「チョビ! ブルータスが盗んだのかもしれないぞ。ヤツはこの部屋のどこかにいるはずだ! 油断するなよ!」
ファンスが剣を身構えた。
「わかったちょび!」
チョビも覚悟して、ペロペロキャンディーをポケットにしまった。
するとそのとき、柱の陰から誰かが飛び出してきた!
牛の顔に人間のカラダ!
「ミ……ミーノタロウか! 覚悟しろ!」
ファンスが剣を振り上げた!
「恐いよー! 助けてちょびー!」




