2話
「チョビってば、帰ってこなかったな。あの、不良ガキんちょめ!」
翌日。
チョビの師匠はチョビが帰って来なかったので、ひとりで女王さまの薬を作って王宮に持っていくことにした。
「シンシンポール原産のマンゴランの根っこに、月の雫、マケドニアの土器の欠片に巨人族のむこうずねの骨でダシを取り、仕上げにドゥードゥー鳥のしっぽで混ぜて出来上がり~っと! よし! これでどんな奇病もたちどころに治るぞ! いくらもらおうかな~」
ガラスの壺にその液体を詰めると、師匠は紫の髪をたなびかせて王宮への道を歩きはじめた。
「ふ~ぅ。久々に王宮へあがるな。女王に直接会うのはまずいから、セバスチャンに渡して金貨だけ受け取って帰ろう。たまにはチョビにも、おいしいものを食わせてやらないとな……」
王宮の前には衛兵がいたが、魔法使いを見るとすぐに敬礼して門を開けてくれた。
師匠は礼を言って中へ入り、宮殿に続く1本道を歩いて行った。
顔見知りのメイドや庭師が、あちこちから魔法使いにあいさつを送ってくる。
「ふ~っ、やっと着いた。すいませ~ん!」
「おやっ? あなたはかつての王宮魔術師どの? どうされました?」
「おや? セバスチャンさんじゃないですか? あなた自ら出迎えてくださるなんて、王宮は相当な人手不足なんですね?」
「いやいや、たまたま通り掛かっただけです。どうされましたか?」
「女王さまの薬を持って参りました」
「おおっ! これは! 衛兵! メイドたちよ! 魔法使い殿を奥へ!」
「あっ! チョット、チョット! おれはいいから! これ、薬! 薬だけ持って行ってよ!」
「おお、これですな……さっそく、王妃さまに! さあ、あなたはこちらへ! 王子からでもお礼を賜ってください!」
「報酬は? お礼なんかいいから! 報酬だけくれよ!」
「さあ! 衛兵! お連れしろ!」
「ねえ? おれの話、聞いてる? いいってば!」
結局、師匠は城の奥にある王子の住まいに連れて来られた。
「王子、魔法使いが王妃の薬を持って参りました!」
「なんだって! 母上の? さっそく母上さまのところへ行ってくる!」
バタバタバタバタ。
「あっ! 王子! 待ってください! なんだよ……いっちまったのか……あれっ? あの、玉座の脇の寝台に寝ているのは……」
そこには、寝台の上にいくつものクッションを重ね合わせ、だらしなく横たわるチョビがいた。
「くるしゅうない……面をあげてもいいちょびよ?」
「鼻ほじりながら、何いってんだ? この不良ガキが?」
「ほえっ? まさか……お師匠どのですか? お会いしとうございました! ちょび~!」
「なにがお会いしとうだ! その態度はなんだ! 菓子のカスだらけじゃねえか! ちゃんと歯は磨いたのか? 寝ながら菓子食っていいって、いつ許可した!」
チョビはいそいでかしこまると、師匠の前に膝をついた。
「ゆるしてくだされ、ちょび。実は……カクカクシカジカちょび」
「そうか……では、王子を無事助け、王宮で世話になっていたのだな?」
「はい。ですから、もう、師匠の小さなきのこハウスでシェアしなくても生きていけそうです。たった5年ですが、お世話になりました。では……」
チョビは立ち上がり、立ち去ろうとした。
「ちょっと、待てい!」
そこをすかさず、師匠がその小さな肩を抑えた。
「一宿一飯の恩義ってえもんがある! 貴様の場合、5掛ける365倍のメシ代だ! 払え!」
「ギェェーッ! 勝手に拾っといて宿代の請求ですか? もしかして食事代も? サービス料は? 税込みですか?」
「そういう問題じゃない! 恩義の問題だ! おまえはおれの唯一の弟子だ! 最後まで修行を全うしろ!」
「そんな……あなたそれって、幼児監禁にあたるって……」
「魔法使いどの! 王妃の意識が戻りました! 来てくだされ!」
「おい! チョビ! おれは事情があって王妃に会えない。おまえ、おれの代理で行ってこい!」
「ええっ? いやです、ちょび。もっとお菓子が食べたいちょび」
「はやくしろーっ!」
「はい、わかりました!」
仕方がないので、チョビはイヤイヤ王宮の更に奥にある王妃の間へ行った。
「王さま、王妃さま、チョビを連れて参りました」
「チョビだと? おおっ! きみが王子を助けてくれた勇敢な魔法使いだね?」
「そうです、父上! このちっこいのがそうです!」
「ほめてない、ちょび」
「……の弟子だってば。はい、そうであります」
「よくやった。褒美にこの黄金の鍵を授けよう」
「はあっ? それっておいしいの? 金になります?」
「コレッ! チョビ! いいから受け取りなさい! 王さま、失礼いたしました。躾がなってなくて……」
「よいよい。んっ? なんだ? 王妃?」
「あの……魔法使いの師匠の方はどうされました? あの……イケメンで有名な……」
「師匠でございまするか? たしかに師匠は見かけも若いし背も高いイケメンですが……いかんせん、性格が悪いです。ついでに寝相も悪い。歯軋りはするわ、いびきをかくわで最悪です。それに……」
「もう、よい。チョビ。師匠をかばいだてする気持ちもわかるが……王妃さま。師匠の方は帰ったようです。お体に触ります。わたくしどもはこれにて失礼いたしまする」
「いたしまするちょび。鍵だけありがたく受け取っておきまする。どっかの古道具屋で売りに出されてたら、ごめんねちょび」
「あっ! セバスチャン……」
「王妃。カラダに触るぞ。もう少し寝ていなさい」
「そうですよ、母上。おれが子守唄でも歌いましょうか?」
「王子の歌を聴いたら、わたしまた寝込んでしまうわ。けっこうよ。わたしはもう少し寝ますから!」
「セバスチャン殿。なぜ、師匠は王妃が苦手なんですか、ちょび?」
「ああ……おまえの師匠は昔、王妃さまたち姉妹と三角関係になったことがあってな……」
「ええっ! あの師匠にそ、そんなことが……それで、どっちと結ばれたのですか?」
「王妃の妹だ。婚約者だったのだが、不幸な事故があってな……」
「そうですかちょび。チョビはこどもですが、大人の事情がありそうなのはわかるので、これ以上は聞きませぬ。師匠、そんな悲しい過去が……かわいそうちょび」
チョビは王子の部屋に戻って来た。
師匠がチョビの居た寝台に横たわり、菓子を食い散らかしていた。
「ちょっと! 師匠! なにやっとるんですか! 僕の菓子食ったな!」
「だって、やっべえぞ! これ! やっべえぞ!」
「僕のお手本にならなきゃいけないでしょ! すぐそこから降りろ!」
「まあまあ、チョビ殿。あたらしいお菓子を持って来てやろう。落ち着きなさい」
「えっ? 本当ですか? セバスチャン殿? だったら……ステテコおばさんのクッキーとカントリーパアパもお願いします! できたらマンゴー味も!」
「なんだかわからないが、取ってくるよ」
「たいへんだー!」
「わーっ! 何事ですか! 王子!」
「ブルータスが逃げ出した!」
「ええっ! どうやって? 王宮の牢屋から逃げ出せた者は、いまだかつていないのですよ?」
「それが……牢屋に赤い鍵が落ちていたそうなんだ!」
「赤い鍵ですと? それは、悠久の昔に失われたという、宝の鍵の1つですか?」
「そうらしい……」
「どうしてブルータスがそれを見つけたと、わかったのです?」
「ブルータスは、食事係の娘を人質にして牢屋から逃げたのだが……。解放されたその娘が、ヤツが赤い鍵が牢屋に落ちてたラッキー! と言いながら、次々と錠前を開けていったと証言しているんだ」
「ブルータスは、今どこに?」
「王宮内にある洞窟に逃げ込んだらしい」
「なんですって! あの洞窟は中が迷路になっていて、地図がなければ1度入ったら出られないといわれているんですよ!」
「その地図は? どこにあるんだ?」
「それが……数年前に盗まれたまま行方知れずなんです」
「なんだと! セバスチャン! たぶん、その地図を盗んだのはブルータスなんじゃないか?」
突然、師匠が口を挟んだ。
「なんですって! そういえば……黄金の鍵が盗まれた時と、時を同じくして無くなりました。なんてこった!」
「だったら、すぐに追わなくては……あの洞窟は本当に危険で帰って来た人間はひとりもいないんだ。怪物が住んでいるらしく、恐くて誰も近づかないんだよ。おれでさえ、入ったことはない。チョビ、行って来てくれ」
「ええーっ! おかしいじゃないですか! 今の話の流れで、なんでぼく? 死ねって言ってるようなもんですよ!」
「おまえは黄金の鍵を持っているじゃないか? いざとなったら、その鍵でドゥードゥー鳥に変身しろ」
「それで?」
「道に迷って出られなくなったら、同行者たちを食いながらなんとか生きながらえることが出来るだろう。そのまま伝説の化け物として生きていくことができるぞ」
「あんた、ぼくを殺すことしか考えてないでしょ? だれが王妃の薬の材料を取ってきたと思ってるんですかーっ!」
「いいから行け。あの洞窟をクリアできれば、レベルアップして次のダンジョンに行けるぞ!」
「ヤッター! 金貨何枚? って……言うと思うのかああああっ!」
「さあっ! チョビ、行くぞ! もう武装できた」
「ええっ! 王子! 今の話、聞いていましたよね? それでも? 行く? ほんとに?」
「かわいい子には旅をさせろと言います。王さまたちに言ったら止められますから、どうぞ王子さま、こっそりお出かけください。なあに、もしものときには……このセバスチャンの優秀な孫を王子の身代わりに差し出しますから」
「わかった、じい。あとはたのむ」
「はい」
「なかなかにこのじじいは腹黒いな……仕方がない。いざとなったらポンコツ王子は置き去りにするちょび。では師匠、行って参りまするちょび」
「待て! チョビ!」
「師匠……やっぱり……うるるるる……ぼくがかわいそうで手放せないんですね。うん、うん、わかりまするちょび。師匠が代わりに……」
「旅のお供はやはり、騎士だろう? なんか足りないと思ってたんだよ。セバスチャン、騎士ってどこで調達できるの?」
「エエエエッ! 騎士? だったら、そこのおいぼれ騎士のセバスチャンでいいよ! 体力なんて必要ないから! 洞窟から出られる頭脳さえあればいいんだってば! いいからぼくの代わりに行って来いよ! 師匠!」
「わたくしは実戦経験が皆無なので、やめておきます。ちょっと金をチラつかせれば、街のごろつきを雇えるでしょう。ダナン! ダナン! 騎士団長のダナンはいるか?」
「セバスチャンさま! なんでしょうか?」
「おおっ! 百戦錬磨のダナン団長にお聴きしましょう。いますぐ殺されてもいいようなクズ騎士はいるか?」
「それでしたら……ちょうどいいのがいます! 今朝、騎士団に加わりたいと言ってきた流れ者がいます。名はファンス。すぐに呼びつけましょう。おいっ! ファンスを武装させて連れて来い! いますぐだ!」
「ねえっ! ダンナでいいじゃん! ダンナで! 百戦錬磨なんでしょ? 団長でしょ? 強いんでしょ? 頭も度胸も良さそうじゃん? ファンスなんて、名前からして弱そうじゃん!」
「ダナンだよ、チョビ。ダナンはダメだよ。我々を守ってもらうからね、ファンスにしなさい。いいから、いいから。死んでもいいのがいいから」
「なんでだよ! 最初から負け戦じゃん! 行く意味ないちょび!」
「セバスチャンさま! ファンスが来ました!」
「こんちわー」
ファンスというのは流れ者にしてはずいぶんと洗練された騎士だった。
グリーンの髪にグリーンアイの美丈夫だ。
師匠といい勝負かもしれない。
女がほっとかないタイプだろう。
「おおっ、おまえがファンスか? もう、戦闘の準備は出来ておるな。死んでも悔いはないか?」
「はあっ? 戦ですか? それなら慣れてます。あっちこっちの戦場で暴れてきましたから」
「あばれるくんは必要ないんだってば! 頭脳プレー! 頭脳プレーの出来る人!」
「なんですか? このチビは?」
「これが今回の隊列のリーダー、チョビ殿だ。見かけは弱いが、中身も未熟な弱虫ヤロウだ。よろしくたのむ」
「応援メッセージがおかしいんだが……どちらにしてもよろしくたのむぜ。ちび殿?」
「チョビだよ! それより……いつの間にかぼくがリーダーになってますけど? 大丈夫なんですか? 普通は先頭は、魔法使いじゃなくて勇者じゃない?」
「いいから、いそげよ、チョビ! 時間がないぞ! 敵を見失うなう前にハヨ行け! 魔法で洞窟の入り口まですっ飛ばしてやろう! さらばじゃ、チョビ!」
「ちょっと! なに! やだ! 勝手に飛ばさないでよ! 説明は? 概要は? せめて洞窟の間取りだけでも教えてよ! ギャアアアアーッ!」
ぼくたちは師匠の魔法によって、グルグルグルグルと次元の波に巻き込まれていった。
「た、たすけてくれ~!」
気がつくと、真っ暗闇に倒れていた。
「ハッ! ここはもう、洞窟の中かちょび?」
「いま、たいまつを点けてやるぞ。そらっ!」
ファンスがたいまつに火を点けた。
見る間にあたりの様子が浮かび上がった。
なにやら古代文字のようなものがたくさん書かれている。
ここは相当、太古の昔から使われていた場所のようだ。
なにかの儀式でもしていたのだろうか。
ところどころにロウソクが置いてある。
チョビはそのひとつを手に取ると、ファンスの持つたいまつから火をもらい、自身で掲げ持った。
「チョビ、どっちに進むんだ?」
うしろから王子が声を掛けてきた。
「ぼくにわかるわけがないでしょ、ちょび?」
「だが、どっちかに行かねばならない。あの光が見える方向が入り口だろうから、反対側の二股に分かれたどちらかに進まねばならない。右と左、どっちに進む?」
「う~ん……古来の方式にのっとろう……ちょび」
チョビは足元に落ちていた小枝を拾い、両手で立てて手を離した。
「チョビ……入り口の方向を向いちゃったじゃないか! バカ!」
「バカって……あんたホントに王子? あれ? 地面になんか書いてある」
「ほんとだ……なになに、右へ行くと行き止まり。左へ行くとケンシロウ」
「ケンシロウ? でも、どっちにしても行き止まりには行かれませんね? じゃあ、左へ行くちょび」
「そうだな……ファンス、先に行け」
「まったく、えらそうに……先頭を行きたくないんだろ? 腰抜け王子め!」
ファンスが悪態を吐いた。
「ファンス殿もなかなかの毒舌とみたちょび。では、ケンシロウ目指してレッツゴーちょび!」
「イエーい!」
ところが――。
「フエエエエ! ちかれたー! なんでお弁当を持たしてくれなかったちょび! おなかすいたー!」
「こんなに中が広いとは……チョビ殿。何を見つけに来たのですか?」
「えっ? 目的も知らずに来たのかチョビ? ブルータスっていう悪党を捕まえて、赤い鍵を取り返すんだちょび!」
「赤い鍵? なにを開ける鍵なんです?」
「どんな扉も開けられるすっごい鍵だそうだちょび!」
「ところでブルータスってどんなヤツなんです?」
「えっ? どんな? 知らないちょび……」
「そういえばそうだ。おれも知らない。どんなヤツだ?」
王子がハッとして呟いた。
「人相も知らないで追いかけているんですか? とんだトンマなヤツラと組んじまったな」
「トンマとはなんだ! この洞窟は1度入ったら出られない魔の巣窟だ! おれたち以外に人間はいないんだ! 人間を探せばいいだけだろ!」
「なんだと! 1度入ったら出られない? じゃあ、どうやって帰るんだよ!」
「ブルータスって奴が地図を持ってる……はずだ。とにかく、ブルータスを捕らえるんだ!」
「捕らえるんだって……この扉はどうやって開けるんだよ? 鍵かかってるぞ?」
「扉だと?」
「扉があるちょび!」
「そうだ。どうする?」
「あっ! この黄金の鍵が役立つかもちょび」
「おおっ! 鍵がもう1つあるんだな? どれどれ……」
チョビから受け取った黄金の鍵をファンスが鍵穴に開けた。
ガチャガチャ、ガチャガチャ。
「だめだ! 開かない!」
チャッリーン!
「ああっ! 開かないからって捨てないでちょび! 金になるんだから!」
「金なんか、生きて帰れないなら必要ないだろ? ちょっと待ってろ。おれが開けてみるから……」
ファンスが針金を使い、鍵をカチャカチャといじりはじめた。
「生きて帰れないってなんつうことを! あんた賞金稼ぎだろ? 黄金の鍵に目がくらまないのかちょび! んっ? 開けてみる? ファンスは鍵を開けられるのかちょび?」
「おれは鍵職人のスキルもあるんだ。実家が鍵屋なんだ」
「へー。すごいですねえ。開きそうですか?」
「開いたんだけど……簡単な魔法が掛かってるな……」
「魔法? 簡単な魔法なら、できるだちょび」
「にかわが貼ってあるんだ。できるか?」
「糊を溶かす魔法ですね? それぐらいならば……ちょびちょび、ちょびー! 糊よ消えろ!」
「おおっ! 溶けたぞ! すごいな、ちび! 役立たずは王子だけか」
「おいっ! 余計なこと言ってないで、早く開けろ!」
王子が真っ赤になって、手足をバタバタさせて怒っている。
「はいはい」
ファンスが扉を開けると、その先はグルグルとらせん状の階段になっていた。
「おいっ! これは……有名なケンシロウの迷路じゃないか!」
ファンスが叫んだ。ケ、ケンシロウだと?
「わあっ! 人骨があちこちにある!」
「で、でも……進むしかないちょび」
「よしっ、行こう!」
3人はグルグルまわりながら、階段を下っていった。




