直情径行のチャリオット 4
後頭部に2つの輪を作るように結った特徴的な黒髪。薄い胸元に飾られた青のリボンタイ。派手に転んだせいか、葉や土がついたスカート。
ベンチの隣に腰を掛ける小さな尾行者。どこからどう見ても少し頭のゆるそうな少女に、ユウリはくたびれたように肩を落とす。当たらないように投げられていたが、その事を知らない少女は苛立ちを隠しもせずに、やや大きめの弁当箱に箸を突き立てていた。
「人に物を投げるなんて最低! 野蛮人! すけこまし!」
「……悪いね。蜂が居たから、刺されたらかわいそうかなって」
怒っているのか、それとも食べ方が幼稚なのか。頬を膨らませる少女の言い掛かりにユウリは顔を引き攣らせそうになるも、平然と嘘をつく。
中身の入ったペットボトルなど投げつけられれな怒るのは当然。だがペットボトルは少女に当たる事なく、少女は蜂など居なかった事実も知らない。現に箸を止めた少女は、バツが悪そうにそっぽを向いていた。
ユウリはさりげなく少女の様子を窺うが、大きめの水筒以外に武器になりそうな物はない。その水筒でさえ、本人が飲んでいる事から毒ではないだろう。
しかし少女は水筒を振り回す様子もなく、ユウリの顔を見て鼻で笑った。
「それは、なんていうか、ありがとうございますだけど、全然大した事のない人ですね! がっかりですよ!」
「俺みたいな美少年によくそんな事を言えたね」
「その態度が気に入らないんです! ちょっと、じゃなくて、大分顔が整ってるからって偉そうに!」
嘲笑から一転。眉を吊り上げて少女は米粒を飛ばしながらユウリに詰め寄る。幼さを残す丸い目は幼鋭くユウリを睨みつけ、小さな拳は威嚇するように箸を握り込んでいる。嘘をつけない性質なのか、幼い言葉は何度も修正を繰り返した。
「ずっとあなたを見ていましたが、本当にがっかりしましたよ。堂々と遅刻してたし、不良みたいな見た目してるし。艸楽先輩のそばに居るから、どんなすごい人なのかと思っていたんですけどね」
「ずっと、見ていた、ですか」
「艸楽先輩だけじゃなくて、姫島先輩にまで粉掛けるような二股野郎を見逃せるわけないもん」
当然だとばかりに薄い胸を張り、敬語すら使わなくなった少女にユウリは深いため息をつく。
ずっと、というのは言葉通りなのだろう。おそらく、レクリエーション後にスカウトのために様子を窺っていたクラスメイト達に紛れて、少女はユウリを見張っていた。見張り続ける事で艸楽彩雅を守ろうとしていただろう。姫島蓮華が言っていたように、ユウリの意志と周りの見方は違うのだ。
フィクションならそれも美談かもしれないが、これは現実。
守っていたつもりという動機は、ごく1部にとってありがちなものだった。
「そうかい。そちらさんが、アイツのストーカーって訳だ」
「え?」
茫然とする少女を余所にユウリは緩めていたネクタイを外して拳に巻きつける。
暴行を加えるつもりはないが、暴力を理解させておく必要はある。今までそうして来たように、自分が付け回しているのがどういう相手かを理解させるのだ。
「ち、違うよ! トモは、別にそんなんじゃ――」
「なら、どういうつもりで艸楽と関わりのある人間をつけ回していたの?」
「と、トモは、艸楽先輩に変な人が近づかないようにって」
「それはアンタの事でしょ。艸楽が前に言ってたんだよ、ストーカーが居るような気がするって」
トモと名乗る少女にそのつもりがなかったのは態度を見れば分かる。得た情報をどうしているのか、どういうつもりで使われているかは分からない。ユウリの情報だけを扱われる分には構わないが、彩雅の情報だけは死守しなければならない。
守っているつもりの少女と違い、ユウリは艸楽彩雅を守る義務があるのだから。
だというのに、少女は涙ぐんだ目でユウリを睨みつけていた。
「先輩が誰の事を言ってるかは分からないけど、トモはストーカーじゃないもん!」
「アンタがもしストーカーでなかったとしても、アンタがアイツに面倒を掛けた事に代わりはないよ。アンタの勝手な思い込みで、アンタの浅くてつまらない考えで」
「つまらなくたっていいもん! トモは大好きなサエ先輩が、あなたみたいなチャラ男に騙されるのなんて見てらんないもん! 足が速いからって調子に乗らないでよね!」
「バカが、話にならないね」
ユウリは苛立ちから舌打ちをしてしまう。家の事情はともかく、一般人でしかない姫島に気づかれるような人間が、一体何を守れるというのか。
もちろん、そんな少女に勘付かれていた自分も。
だからか、ユウリの口をついたのはつまらない負け惜しみだった。




