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レインメイカー  作者: J.Doe
ドリズル・チューズデー
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直情径行のチャリオット 3

 赤いネクタイを緩めてユウリは庭園のベンチに身を投げ出すように腰掛ける。夏の日差しは鬱陶しいほどに眩しく、制服の黒いスラックスは熱を吸収して酷く不愉快。左手の黒革の手袋など、もはや論外だ。花を美しく飾る事を第1に考えられた庭園に日陰はなく、不幸な事にこの日は風も吹いては居なかった。

 それでも、ユウリは仕方ないと肩を落とすばかりで屋内に入ろうとはしない。

 昼休みが始まって10分。教室で感じていた視線に追われるまま、ユウリは夏の日差しが差す庭園をさまよっていた。教室から出て数分経たない内に後をつけられ、いつもの空き教室に向かえなかったのだ。

 ユウリはペットボトルのふたを開けてレモンティーを煽る。まるでシロップをそのまま飲んでいるような甘さに顔を顰めてしまうが、他に選択肢がないのだから仕方ない。綾香の言う通り、詩織が淹れてくれるようなフルーツティーは自販機や購買では売ってなかった。


 だが、どうして。市販のレモンティーにではなく、変わるはずの状況にユウリは胸中で問う。


 美佐子が先陣を切った事で勧誘のハードルは下がった。人を遠ざけるような態度を取るユウリでも、勇気を出して声を掛ければ話くらいは聞いてくれる。現に午前中の授業の合間にいくつも部の勧誘が来て居た。

 だというのに、今感じている視線はユウリに近づこうとしない所か、他部への牽制をしている様子もない。それがユウリにはどうにも、監視されているような気にさせて来るのだ。


「隣、邪魔するわよ」


 トン、と軽い体重にベンチが僅かに揺れ、濃い香水の香りにユウリは顔を上げる。

 アップにした黒髪に刺された赤い簪、うっすらとラインを引かれた吊り上がり気味の目。緑色のリボンタイは緩み、半袖のシャツは大胆に胸元が開けられている。

 服装もあって印象こそ違うが、その人物は決して見知らぬ他人ではなかった。


「ユウリ君、だっけ?」

「そちらは姫島先輩でしたね。もしかして、姫島先輩も勧誘ですか?」


 シャツの胸元を手で扇ぐ姫島蓮華にユウリはうんざりとした様子で問い掛ける。人当たりが良くできるからと言って、人付き合いが好きとは限らない。ユウリがクラスメイト達を遠ざけていたのは、護衛任務の為だけではない。


「いいえ。うちの部はそういうのやめたのよ。大会とかで記録を残せなくても、自分達なりに楽しくやる事にしたから」

「だったら、こんな場所で何してるんですか? こんなに暑いのに」

「それはこっちのセリフよ。あなたっていつも庭園に居るんじゃないかって思えて来たわ。友達は居るの?」

「俺みたいな美少年は高嶺の花で居るべきでしょ。中途半端に手が届くなんて思わせたら可哀そうですし」

「言えてるわね。話して分かったけど、あなたは見ているだけが1番かもしれないわ」


 当然のように言うユウリに蓮華はクスクスと楽しげに笑う。

 ユウリは紛れもなく美少年だが、臆面もなく自分の事を美しいと言える人間を見た事はない。言えたとしても、並大抵の人間なら笑い飛ばされるだけ。

 しかし尊大不遜なユウリよりも、蓮華の関心は別な方へ向いていた。


「それでも、熱烈なファンは居るみたいね」

「分かりますか?」

「ええ。というか、向こうに隠れてるつもりの人が居るみたい。つけまわされる心当たりは、もちろんあるわよね?」


 そう言って蓮華が視線を向けた先には、生垣の上から見えるユニークなスタイルの黒髪。頭隠して尻隠さずと言うことわざはユウリも知っているが、頭すら隠さない尾行者を見つけてしまえば、どうしていいかも分からない。

 だからこそ、ユウリはここまで手出しも出来なかったのだから。


「俺は、そんなつもりないんですけどね」

「あなたになくても周りには関係ないのよ。艸楽(サガラ)彩雅(サエ)の隣に居るっていうのはそういう事なんだから」


 ごもっともで。ユウリはその一言も言う気に慣れず、がっくりと肩を落とす。

 分かりやすく害意を持っていれば暴力を背景にした交渉も出来るが、監視されているだけではそれもやり辛い。ただのファンで話し掛けるタイミングを伺っていたと言われてしまえば、先に強硬手段に出たユウリに責任を問われてしまう。


 出来る事なら、このまま飽きて立ち去って欲しい。


 ユウリは日本に帰って来て改めて理解したが、うやむやという終わり方ほど手間が掛からない結末は他にない。


「ところで、どうして気付けたんですか?」

「……彩雅のお友達みたいだから正直に話すけど、うちっていわゆる極道ってやつなのよ」


 どこか言いづらそうに口を開く蓮華の告白にユウリは首を傾げる。


「ゴクドウって、事ある毎に小指を切ってるジャパニーズヤクザのことですよね?」

「事ある毎に切ってたら、小指の輪切りばっかになっちゃうわね」


 平然と問い返してくるユウリに、蓮華は口元を手で覆って笑ってしまう。

 極道、やくざ、暴力団。いっしょくたにされているそれらの名前を聞けば、誰もが自分とその背景を恐れるというのに、ユウリはずれた好奇心以外を持ち合わせているようには見えない。ただの愚かな恐れ知らずなら、艸楽彩雅がそばに居る事を許さない。


 だが、それはユウリも同じ。


 姫島蓮華の家が反政府組織であろうと、現状では関係ないというのがユウリの見解だった。

 他の誰でもない、可愛い妹分達への悪影響を嫌う艸楽彩雅が隣に居る事を許したのだ。姫島が3人に牙を剥かない限り、ユウリが動く事はない。


「まあ、そんな訳で尾行みたいなものにはなんとなく慣れてるのよ。流石に、こんなのは経験がないけど」


 お互いの思惑など知らずに、ユウリと蓮華は呆れたように肩を竦める。

 繰り返すが、現在のユウリのマイブームはうやむや。手を下さずに、更に言えば、この暑い中で無駄な労力を使うわされなければこれ以上望む事はない。

 もっとも、ユウリの短気な気性は我慢の限界に来ているのだが。


「すいませんが、そろそろ」

「あら、蓮華ではあなたの隣に相応しくない?」

「姫島先輩に迷惑を掛けないためですよ。俺は手荒にやるつもりはありませんけど、相手がどういうつもりかは分かりませんし」

「……まあ、いいでしょう。その気遣いに免じて、今日の所はここまでにしておいてあげるわ」


 行動を起こすつもりなら、事実上無関係な自分は邪魔だろう、と蓮華は短いスカートを抑えて立ち上がる。

 必要なら付け回されていた事実を証言してもいいが、証人が居ない方が却って楽な事もある。正しい事だけで世の中が周っているのなら、姫島の家はとうの昔に潰えていた。

 そして、蓮華はツートンの髪をかき分けて、やや浅黒い額に口づけをした。


「また会いましょう。楽しい時間をありがとう」

「……俺の額は、高いんだからね」


 満足したように微笑んで立ち去る蓮華の背中を見送り、ユウリはふたを閉めたペットボトルを生垣へと投げつけた。

 なんとなしに解決できたのならそれ以上を望みはしなかったが、1度始めてしまえば手加減は出来ない。

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