直情径行のチャリオット 2
「最近、ずっとこうみたいだね」
考え事をしている所に気安く掛けて来た少女の声にユウリは顔を上げる。
茶交じりのシニョンヘア、すらりとした体に纏う夏季制服。
そこに居たのは、見覚えはあるが、会話をした事はないクラスメイトだった。
「加古、加古美佐子。クラスメイトなんだから、名前くらい覚えておいてよ」
「名前は知ってるけど、話すのは初めてだからね」
「まあ、いいんだけどさ。私も不知火君が怖くて話し掛けられなかったし」
詫びるつもりもないユウリの態度に、加古は複雑そうに眉を顰める。
そもそも、ユウリがクラスメイトで話をするのは綾香だけ。ユウリのピアスや髪色がクラスメイトを遠ざけており、ユウリ自身も周囲に人を近づけないように振る舞っていたのだ。綾香と話をしている様を見ていても、加古が今日に至るまで話し掛けられなかったように。
しかし、ユウリは満足そうに口角を上げた。
「やっぱり、美しさは罪なのかな」
「アンタのバカさ加減が罪よ。加古さんにごめんなさいしなさい」
「いいって明神さん。うちの部も不知火君に迷惑掛けそうになってたし」
「部?」
構わないと両手を振る美佐子に、ユウリは首を傾げる。
「うん。私はテニス部に入ってるんだけど、不知火君を勧誘するんだって皆張り切っちゃっててさ。他の運動部も狙ってるはずだよ」
「え、こんな協調性の欠片もない奴を?」
「協調性はなくても、実力はあるし、明神さんを逃した運動部としては見逃せなかったんだよ。特待生に頼りっぱなしってのも情けないから。まあ、今の格好のままだと試合とかは難しいだろうけど」
ユウリが抵抗しない事を言い事に、ツートンの髪をバサバサとかき乱す綾香に美佐子は遠慮のない言葉で言う。
運動部員としては長めの髪、キラキラと光る星形のピアス。大会に明確は頭髪規定があるのかは美佐子も知らないが、少なくとも部員を含めた関係者達の顰蹙を買うのは間違いない。
「今の所、部の勧誘なんてされた事ないけど」
「テニス部に関してはクラスメイトの私がするから、誰も手を出さないでってお願いしたんだよ。部に入ってくれたら嬉しいけど、不知火君って騒がしいのは嫌いそうだから。それで他の部もまだ様子見してたんじゃないかな」
「だから、最近はずっとこうだって話をしてたんだね」
ようやく理解できた身辺のざわつきに、ユウリは迷惑だとばかりに顔を顰める。先ほどの視線もユウリが考え、美佐子が教えてくれたように運動部へのスカウトだったのかもしれない。
クラスの内外にもユウリのスカウトのタイミングを伺っていた生徒が居る以上、ある意味で美佐子も危ない橋を渡ったのかもしれないが、ユウリには関係のない話だ。
テニス部の勧誘さえ、どうでもいい。
「気を遣ってくれて助かるよ。部に入るつもりはないんだどけさ」
「そう言うと思ってたよ。気にしないで、やる事はやったから文句は言われないだろうし」
「だけどさ、俺じゃなくて明神に幽霊部員になってもらった方がいいんじゃないの?」
さっきの話に戻るけど、とユウリは美佐子に問い掛ける。
先日のレクリエーションで彩雅が綾香に勝てたのは、明神綾香という人間を知りつくし、完璧なコース取りをする事で綾香に自分の走りをさせなかったから。明神綾香はそこまでしなければ勝てない敵であり、対策さえ取らせなければ心強い味方でもあるのだ。
「高等部に上がった頃にそういう事を考えた部もあったんだけど、どこも明神さんのお眼鏡に適わなくてね。格好良かったよ、自分に勝ったら部に入ってあげるって宣言した明神さんは」
「……仕方ないじゃない。アタシにはレインメイカーの準備があったし、皆もしつこかったんだから」
楽しそうに語る美佐子の言葉に綾香はバツが悪そうに指先で頬をかく。
明神の人間として出来るだけおしとやかにという心掛けは、スポーツなどで手を抜いて良い理由にはならない。
だからこそ綾香は全力で取り組んだ。授業は筆記実技問わずに、人数合わせで呼ばれた部の練習試合でも。
その結果として、明神綾香の才能は皆の知るところとなり、彩雅は妹分の意志を尊重した。詩織の事で彩雅の頭はいっぱいで、可愛い妹分を守りたいのは綾香の同じ。
来年高等部に上がってくる詩織の事を思えば、身に降りかかる火の粉は振り払い、無秩序に燃える火の元は消しておかなければならなかったのだ。
「一応、結果聞いてもいい?」
「聞くまでもないと思うよ。運動部は軒並み全部ワンサイドゲームで負けて、その波に乗ろうとした将棋部も飛車落ちで負けてたし」
「飛車落ちって?」
「飛車、チェスでいうところのルークがない状態で明神さんが勝ったって事。あの時の将棋部のやり方が強引だったから、当時生徒会長だった艸楽先輩にペナルティをつけられたって噂もあったんだよ」
よほど当時の有り様が面白かったのか、美佐子はもはや恥ずかしさから顔を赤くしている綾香を無視して熱弁する。
美佐子としては綾香の活躍が聞かせ所なのだろうが、ユウリには綾香に勝負を挑んだ生徒達の消息が気になっていた。
ユウリの記憶に間違いがなければ、星霜学園には格闘技系の部があったはずなのだから。
「しかもペナルティの重さを将棋で決める事になって、艸楽先輩が将棋部の部長と戦って勝ったって」
「ちなみに、ハンデありで?」
「もちろん、艸楽先輩の6枚落ちだって。部長はプロ候補だったのに」
可愛い妹分を害された彩雅ならやりかねない。
間違いなく、こてんぱんにやられた将棋部部長にユウリは思わず同情してしまう。
プロ候補という身分で、アマチュアにハンデをつけられた上で負けた。自分の迂闊な行動が原因とはいえ、その敗北は今後の人生が変えてしまっただろう。
やるとなれば全力投球の綾香。やると決めるまでに時間が掛かる詩織。やらざるを得なくなる前に手を打つ彩雅。
どうにも極端すぎる護衛対象達の事を思うだけで、ユウリは少しだけ頭が重くなったような気さえした。




