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レインメイカー  作者: J.Doe
ドリズル・チューズデー
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依々恋々のスタースタッド 4

「まずは、ありがとう。全てあなたのおかげよ」

「そう思うなら、下で潰した連中と一緒にコイツらも連れて帰ってよ」

「それはもちろんだけれど、随分派手にやってくれたわね。取調べできるかしら」


 知るかよ、とユウリは肩を竦めて壁に体を預ける。

 時間と手間を掛けて確実に勝てる状況を用意するのがユウリのやり方であり、容疑者達から情報収集をするのは美緒達の仕事。ユウリには関係ない。むしろ暴力を躊躇していれば、この結果に辿り着く事は出来なかっただろう。ユウリという少年は自意識は過剰でも、自身に溢れている訳ではない。

 だが、それだけにユウリは部屋でカラオケを楽しんでいるだろう少女の事が気になった。


「一応聞いておくけど、結局アイツは何なの?」

「あの子は、エイミー・ホワイト自体はごく普通な小学生よ。人と違うところがあるとすれば、物わかりが良くて、察しが良くて、両親の前の職業がちょっと特殊なだけの」

「特殊な職業?」


 首を傾げて問い返すユウリに、美緒はええ、と続ける。


「父親は元ネイビーシールズ、母親は元麻薬取締局(DEA)の捜査官。結果的には国から出てしまったけれど、あの子の両親は根っから愛国者だったの」

「ちょっと待ってよ。元シールズの親父が居たのに、俺に護衛をさせたの?」

「ミーガン、あの子のお母さんに対しての情報的遮断、一極化した戦力派遣。私達とユウリの介入が予想外だっただけで、連中のやり方はシンプルで極端だっただけにミーガンもエイミーを遠ざけざるを得なかったの。一緒に居れば巻き添えを食ってしまうかもしれないけど、生きていて初めて価値がある人質として取られる分には猶予が出来る。ハリウッド映画染みた愚策でも、こうして対処が出来ただけ不幸中の幸いだったわ」


 言ってる事は分からなくないが、納得は出来ないユウリは苛立たしげにため息をつく。

 ネイビーシールズはユウリが知る限り、アメリカ最強の特殊部隊。幸運にも出会った事はないが、交戦していればタダでは済まなかっただろう。

 そんな相手と戦うのであれば、敵も手段を選んでいられないのは分かる。分かっていればこそ、ユウリはエミと名乗っていた少女――エイミー・ホワイトがたった1人で放置されていた理由が分からない。敵の規模は分からないが、街中で対戦車兵器を使ったりはしないはず。ミーガンに戦力が集中していたおかげでユウリはそこまで苦労せずに勝利したが、エイミーを守れなかった可能性もあったのだ。詩織がエイミーを守る事を望み、美緒に歌詞を作れなければ、ユウリだって見知らぬ子供を守る事などしなかった。

 だからこそ、ユウリが納得できる訳がない。何が自分を苛立たせるのか分からなくても、結果的に見捨てようとしていた自分にその資格がなくてとも。

 母は気付けば消えていて、人当たりの良い少年は排他的で、味方をしてくれたのは頼りない少女だけ。

 そんな日常を知らぬ内に強制されていれば、利口で察しも良くなる。そうでなければならないと、舌足らずで自分の名前も言えない少女に強制していたのだ。少し背伸びをしたような大人びた態度も、その反面で詩織の腰に縋り付いていた弱さも、子供特有の全能感などではない。見捨てられる恐怖と見捨てられても仕方ないという諦念、その両方に雁字搦めにされていただけ。そのつもりなくても、ミーガンと美緒はエイミーと詩織の優しさを利用したのだ。

 しかし美緒はそれは違う、と首を横に振る。


「ユウリが怒るのも分からなくは――」

「怒ってない」

「怒ってる人は皆そう言うのよ」


 美緒はそう言って、眉間に皺を寄せて唇を尖らせるユウリの顔を両手で挟み込む。僅かに膨らんでいた頬は潰れ、奇妙な音と共に空気が漏れ、整った顔に刻まれた不愉快の皺がさらに深さを増していく。口では怒ってないと言いながらも、ユウリは間違いなく怒っていた。それも、大人達の不手際に。それも、大人達が二の次にしてしまった少女のために。

 流石にまずいと思ったのか、美緒は申し訳なさそうに眉尻を下げた。


「別に彼女の擁護をする気はないけれど、彼女はただ無責任にエイミーを放り出した訳ではないの。最もマークされている夫を動かす訳にはいかなかったし、反抗的な態度を取れば街中で何されるか分からなかったから」

「だったら、どうして美緒は気付けたのさ?」

「ユウリは、最近渋谷での流通している麻薬とそのルートが変わった事を知ってる?」

「そういう話は聞いてるよ」

「相変わらず話が早いわね。拘束した売人の1人を拷も――尋問していたら、ミーガンの襲撃計画の事をゲロったのよ。日本に麻薬を売りつけに来たメキシコの麻薬カルテルが、ついでにミーガンとその家族を血祭りに上げるつもりだって」

「もしかして、フラッシュポイントが?」


 拷問という言葉を気にも留めないくせに、麻薬の情報に途端に顔色を掛けたユウリ。スカウト中の優良株の頬を一撫でして、美緒はスーツのポケットからリストを取り出した。


「持ち込まれたのはコカインやエクスタシーなどのカクテルにも使えるような麻薬。ただ、彼女は麻薬取締局(DEA)時代にフラッシュポイントを押収した実績があって、私も武装勢力絡みだと思っていたの。本当に大変だったわよ。慌てて彼女と連絡取ろうとしたら全然繋がらないし、エイミーの電話に掛けたらユウリが出るし。こっちはもうパニック寸前よ」


「だったら精々感謝しなよ。そこに隠れてる卑怯者の事だって気づかないふりしててあげてるんだから」


 ユウリがそう言ってこれ以上バカにするなとばかりに鼻を鳴らす。頭に血が上っていても、近づいて来る足音に気付けないほど冷静さを欠きはしない。

 そして、非常口からその人物は現れた。

 ウェービーな黒の長髪、やや唇が厚い日系の顔立ち、鍛え抜いた体のラインを隠すようなブルー系の衣服。

 確かに、遠目で見れば容姿だけは詩織と似ているかもしれない。拳に巻きつく擦り切れて、血濡れたバンテージがその気性の違いを表しているのだ。


「そういじめないの。ミーガンが現役だったのはずっと前で今じゃ頭の固いロートルなんだから」

「ミス・イヌカイ、本当にそう思ってくれるのならもう何も言ってくれるな」


 馴れ馴れしいを通り越して、ふてぶてしい態度の美緒。ミーガンは恩人の1人に流暢な日本語で反論しながらも、ミーガンはユウリの元へと歩み寄って行く。視線はほぼ同じ高さではあるが、体つきは戦えるとは思えないほどに華奢。死人が出てもおかしくはない方法ではあるが、手段を選ばずに娘を守ってくれたのは事実。怒るのは当然で、ミーガンは申し訳なさと情けなさから頭を下げた。


「君には、本当に――」

「美緒。俺はこちらさんを連れて部屋に戻るから、俺達が帰るまでにここを綺麗にしておいてね」


 ユウリはミーガンの詫びも聞こうとはせず、頬に添えられた美緒の手を振り払う。

 どんな状況でも冷静で居られる事も、擦り切れたバンテージをまかれた両手も、赤黒い奇妙なシャツの模様もミーガンの優秀さの証かも知れない。

 だが、今はそれですら不愉快でたまらない。子供のようにふてくされている自覚はあるが、ユウリにはミーガンを許してやる資格はない。


「よく私に掃除なんてさせられるわね」

「偉そうに言うなよ。美緒に期待なんかしてないし、"私達"って言うんだから部下でも連れて来てるんでしょ。カバーストーリーが出来たら携帯に送ってね」


 どうせ俺のアドレスも知ってるんだろ。口には出さずにユウリはため息をつく。美緒はミーガンの存在を知っている理由については喋っても、エイミーの番号を知っている理由には触れなかった。

 つまり、美緒の部下にはクラッキング等の技術を持った人間が居るという事。現状で戦う予定はないが、未だにオフィスソフトすら上手く使えないユウリには相性の悪い相手だろう。

 もっとも、状況さえ用意できれば誰でも殺せるのだが。


「分かったわ。ありがとう、ユウリ――それとミーガン、これに着替えなさい。そんな血まみれの服で娘さんを迎えに行く訳にはいかないでしょ」

「……気持ちはありがたいし、厚意は受け取らせてもらうが、君を恨んでしまいそうだ」


 血まみれのシャツの代わりを受け取ったミーガンは、思わず顔を顰めてしまう。

 日本に来たばかりの観光客でもありえないというのに、日本に暮らしている身としては、胸に書かれた"エブリタイム呼吸"という文字が恥ずかしくてたまらなかった。

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