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レインメイカー  作者: J.Doe
ドリズル・チューズデー
90/131

依々恋々のスタースタッド 2

 安っぽいデジタルサウンドに少女の声が乗り、安っぽいブラックライトの照明に意味不明な正座が壁や天井に浮かび上がり、キラリと光るサングラスはロックスターのよう。苦手なエアコンの冷気の事も忘れて、詩織はただその光景に圧倒されていた。

 個性を殺してしまわないように、それでいて、商品としてのクオリティを得るために受けて来た歌詞指導の中には存在しない情感。ネイティヴに近い英語で紡がれる歌詞は氏家詩織という作詞家にとって、これまでにない衝撃だったのだ。


「毎日パーティーだ、なんて日本人には絶対に言えないよね」


 エミの歌うキッスのロックンロールオールナイトを聴きながら、ユウリは詩織にホットココアを差し出す。

 CDショップを後にしたユウリは、早急に次の行き先を決めなければならなかった。詩織にどういう思惑があったのかはともかく、見たかったものはCDショップのポップ。生まれて初めてのデートに緊張していた詩織にそれ以上は望むべきではない。このデートの目的も、詩織の接待からエミの護衛に変わってしまったのだから。

 綾香に教え込まれた店でウィンドウショッピングをするのも悪くはなかったが、エミというイレギュラーを抱えてはそれも難しい。

 2人と相性が悪い人込みを避け、不特定多数が入れない閉鎖空間で、飲食に困る事がない場所。

 それらを満たす場所として、ユウリはカラオケを選んだ。

 エレベーターは狭く、ソファは固く、食べ物は味が濃くて油っぽい。

 それでも、部屋に入って2時間。エミは文句も言わずに楽しんでいるようでユウリは安堵していた。


「ねえ、ユウリは歌わないの?」

「美少年は自分を安売りしないんだよ」


 フェードアウトしていく曲をバックに、ユウリは向かいに座るエミに言う。トイレや非常階段などの設備の下見、ドリンクやフードの毒見。ドリンクバーのセルフサービスというのは便利かもしれないが、ソフトドリンク、ホットドリンク、スープと細分化しているだけに注意が必要なようにも思えた。ウォーターサーバーと毒の有無は、いつでもどこでもユウリの仕事の達成速度に密に関係したのだから。


「ごめん、ちょっと出て来るね」

「じゃあついでにドリンクお願い! 詩織は一緒に歌ってくれるよね?」

「え、あの、その……」


 安っぽいソファから立ち上がったユウリは任せて、と言う代わりに軽く手を振る。立ち去るユウリの代わりに、背後では詩織がエミに歌をねだられているが、自分で乗る事を選んだ船だ。ユウリは背中に突き刺さるような視線を無視して扉を閉め、力任せにゆるくなっていたドアノブを引いた。

 ドアノブの見た目は変わらないが、これで外から扉は明けられない。簡単に細工が出来る安っぽい扉、週末の昼間だというのに、少しチップを渡せば1フロアを空けてくれる従業員。おかげでポケットマネーは大分減ってしまったが、この状況を作るためにユウリは高級カラオケを避けたのだ。

 ユウリはポケットから携帯電話を取り出し、最近知ったばかりの番号をコールした。


「やあ、調子はどう?」

『何が調子はどう、じゃ。誰のせいで暇しとると思っとんじゃ』

「他人に入れ込んだ自分のせいでしょ」


 スピーカー越しの聞き馴染み始めた声にユウリは鼻を鳴らす。広島弁に似た和紗の言葉遣いは何処か疲れているようにも聞こえたが、そればかりはユウリにもどうしてやる事もできない。レインメイカーの3人とユウリ以外が敷地内に入る事は出来ず、それは鉛地和紗というチーフマネージャーも同様。たとえ、ユウリが和紗に敷地外からの張り込みを押し付けていたとしても。


『……おどれは、げに可愛くないのう』

「その代わり、とんでもなく綺麗でしょ」


 舌打ち、ため息、唸り声。1通り試したところで、和紗は付き合うだけ時間の無駄だとばかりに、もう1度舌打ちをした。


『現状は平穏無事そのものじゃ』

「なら、暇だよね。調べてほしい事があるんだけど」

『協力する気はないんじゃろ?』

「俺はそうでも、アンタは違うんじゃなかったっけ」

『取引いうんは信頼があってこそじゃ。せめて何に巻き込まれたんかくらいは教えんさい』

「俺じゃなくて、詩織が首を突っ込んだんだよ。見知らぬ子供を助けて欲しいって」


 和紗のトラブルメイカーのような扱いに、今度はユウリが舌打ちをする。伊勢裕也の件ではユウリが和紗や皆に迷惑を掛けてしまったが、今度ばかりは違う。うっすらと聞こえる、戸惑いながらキッスを歌う声の主のせいなのだ。


『詩織が、のう……』

「何だよ」


 くくく、と笑いをかみ殺す和紗の声色に、ユウリは不機嫌そうに眉を顰めて、形ばかりのバーカウンターに台布巾を広げる。物価は高いが、質は良い。グラスの透明さや付近の綺麗さが、日本のありようを表すようだ。

 もっとも、壊してしてしまえばすべて一緒なのだが。

 滅びの美学を謳う訳ではないが、トイレの漂白剤で満たしたグラスは、透明のままでも美しいとは言い難い。


『別に。子供を守るんは大人ん役目じゃけえ、やったる。それで、何を調べればいいんじゃ?』

「渋谷周辺で麻薬の流通が活発になっていないか、活発になっているとしたら、どの辺りの物が流通し始めているのか」

『ちびっと待ちんさい』


 ノートパソコンキーボードがカタカタと音を立てるのを聞きながら、ユウリはグラスを包むようにもう1枚布巾を被せたグラス同士をぶつけ合わせる。グラスは軽い音を立てて割れ、破片同士がぶつかり合って不愉快な音を立てるも、和紗は集中しているのか何も言わない。

 2つずつを1セット。破片の塊を10ほど作った辺りで、和紗はもったいぶるように咳ばらいをした。


『渋谷で主流なんはハーブなどのいわゆる合法ドラッグ。あるいは、覚せい剤やコカインなどのありがちな脱法ドラッグなんは変わりはない。じゃが、最近は合成麻薬もどきが出回り始めてるみたいじゃ』

「合成麻薬って、フラッカとか?」

『そないなもんがあってたまるか。麻薬と麻薬と混ぜ合わせただけの粗悪品じゃ』

「……どっちかって言うと、カクテルみたいな感じか。引っ掛かるね」


 布巾でまとめた破片のセットを手に取り、ユウリは手近なエレベーターの前にグラスの破片をばらまき始める。破片は蛍光灯の明かりを受けてキラキラと、それでいてその切っ先をギラギラと光らせている。とてもではないが、目の悪いエミを歩かせる訳にはいかない光景になってしまったが、ユウリにそれを気にする様子もない。


 淡々と作業をこなしながらも、その頭の中は何故という疑問で占めているのだ。


 麻薬でのドラッグカクテルは行き過ぎた常用者達の遊びではあるが、それを商品とするのであれば、確かな技術が必要なはず。ただ麻薬同士を混ぜ合わせるだけというのは商品としても非効率的過ぎるからこそ、今までは出来上がっていた麻薬が出回っていたのだろう。

 だというのに、ドラッグカクテルがこの渋谷で流行り始めている。美緒がルートを追い、エミをユウリに託さなければならないような状況の渋谷で。


『ところで、そん子供が詩織を狙ろうとるんじゃないんじゃろうな?』

「武器を持ってる様子はなかったし、相手がプロなら俺に分からない訳がないでしょ」


 何度も背後を取り、荷物なども改めはしたが、武器になるような物は一切なかった。鋭利なペンも、ちょっとした紐でさえ。エミの事を心から信頼している訳ではないが、それでも敵ではないだろう。

 しかし、電話の向こうで鳴っていたタイピングの音が止まった。


『……不知火、もう1つ聞いておきたい事があるんじゃが』

「何だよ」

『まさかと思うが、井の頭通りのカラオケに居ったりせんよな?』


 今までとは違う緊張したような和紗の声に、ユウリは残っていたグラスの破片をばらまきながら、改めてフロアを確認する。

 ユウリ達が貸し切ったフロアは最上階で細長い形をしており、部屋は5。フロア自体の出入り口はエレベーターと非常階段しかなく、その動線はトの字を描くように細い廊下でフロアの中央ぶ結ばれている。防災上好ましくはないかもしれないが、詩織達にはエレベーターと非常口から1番遠い部屋に居てもらっていた。


 火災や地震などではなく、分かりやすい脅威を避けるために。

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