意気衝天のストレングス 6
レインメイカー送迎用のリムジンの座席にふんぞり返りながら、綾香はペットボトルのミネラルウォーターを一気に煽る。
そう言った豪快な仕草がユウリに猪という心象を与えているのだが、綾香はそんな事は知らないとばかりに衝動の赴くままに、空になったペットボトルを片手で握り潰した。
「常識に欠けるどころか非常識よ。人を平気でボコボコにするなんて」
綾香はそう言いながら、原型を失ったペットボトルをドリンクホルダーに叩き込む。
あの後、綾香は明神の人間を庭園に急行させ、生徒達の手当てと吸殻を含めた証拠の回収を命じていた。
最も重要な証拠はユウリが所持している以上、あの生徒達は自分達から手を引かざるを得ないはず。それこそ自棄を起こさなければ、こちらへの接触もなくなるはず。
しかしあの現場に居たからこそ、綾香は苛立ちをペットボトルの原型を更に失わせる事で発散していた。
「1人殴り倒してたアンタが言うかね」
「……それはそれよ」
痛いところを突かれた綾香はそっぽを向き、ユウリは呆れたように肩を竦める。
罪状の多さこそ違うが、ある意味で2人は共犯であることは忘れてはならない事実なのだ。
「それより、常識に欠けるどころか非常識よ」
「いくら俺に学がないからって、同じ言葉を繰り返して誤魔化されるほど馬鹿じゃないよ」
「誤魔化してるのは認めるけど、それ以上に深刻な問題でしょ」
返す言葉もない、とユウリは足を組んで上等なシートに背を預ける。
より効果的だと判断して暴力に訴えたが、結局のところ明神の力で問題を集束させてしまった。それはまだ見ぬ敵対者に足元をすくわれる切欠になってしまうかもしれないのに。
もっと慎重にならなければならない、とユウリの口からため息が漏れる。
ここは紛争地帯ではなく、基本的に平和な日本。相手は銃を構えて突撃してくるテロリストではなく、有形無形の有象無象なのだから。
「決めた、アタシがアンタの監視をするわ」
「……何言ってんの?」
思いついたとばかりに声を張上げる綾香に、不愉快そうにそうに顔を歪めたユウリが問い掛ける。つい数時間前までは無関心を貫こうとしていたはずの綾香の方針転換が奇妙でしょうがなかったのだ。
しかし妙案だとばかりに満足そうな笑みを浮かべる綾香は戸惑うユウリを無視して続ける。
「アンタを監視しながら常識を叩き込むって言ってんのよ。どうせ同じクラスなんだし、都合がいいじゃない」
「いくら俺が絶世の美少年だからって、不良とつるんでるとハブられんじゃないの?」
「獰猛な犬には首輪と紐、それと飼い主が必要なもんでしょ。それに、アタシが居た方が学園に馴染みやすいはず。スマートフォンも使えないくせに人の事心配してんじゃないわよ」
最後のは関係ないだろう、と思いつつも口には出せないユウリは両手で顔を覆う。
どこまで理解しているのかは分からないが、綾香は明神敬一郎に対しての切り札の1つ。それが手元にあるというのは願ってもない幸運だ。
綾香はユウリを人殺しと判断し、その上でこの申し出をしてくれているのだから。
「覚悟しなさい。アンタを認められるようになるまで、ちゃんと監視してあげるから」
面倒な事になりそうなこれからの日々、久々に向けられた敵意と殺意以外の不思議な感情。その2つに困惑しつつも、ユウリの口角は不思議と笑みを作っていた。