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レインメイカー  作者: J.Doe
ドリズル・チューズデー
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邪魔者だらけのディスタンス 4

 花柄のワンピース、原色使いの派手なスニーカー、ブラウンのフレームのサングラス。目鼻立ちは何処か特徴的で、肌は日焼けしているユウリよりも浅黒い。

 宮下公園でスカートを掴む少女とエアリーな髪とは裏腹に全身を硬直させる護衛対象に、ユウリはどうしたものかと深いため息をつく。

 幸いな事に、さりげなく開けたリュックサックの中身は爆弾ではなく、こだわりを持ってシールを貼られたシール帳。

 不幸な事に、少女の小さな手は詩織のスカートを掴んだまま離そうとしない。

 10ほど歳が離れた子供にも人見知りをしている護衛対象と、興味深そうに見つめて来る見知らぬ少女。ユウリは少女と視線を合わせるようにしゃがみこむ。分厚いブラウンのレンズは色が濃く、どこか見え方が違うよう。


「やあ、俺はユウリ。君の名前を聞いていいかな?」

「エミはエミだよ?」

「可愛い名前だね。それでエミ、今日はどうしたの?」

「お母さんと遊びに来たんだけど、お母さん迷子になっちゃったみたい」

「迷子に?」

「うん」


 物怖じもせずに名前を教えてくれた少女にユウリは最高の笑顔で微笑み掛ける。エミにスカートを握られている事がよほど堪えているのか、全身を硬直させる護衛対象よりも扱いやすく、母親が迷子になった言い切る豪胆さ。間違いなく、エミは大物になるだろう。

 1つ残る疑問を確かめるように、ユウリはエミへと問いかけた。


「そっか。ちょっとお母さんとお話がしたいんだけど、携帯電話とか持ってないかな?」

「あるよ」


 そう言ってエミが笑顔で差し出して来た携帯電話に、ユウリは思わず顔を顰めてしまう。

 少女の小さな手には似合わない頑強さを優先したようなデザイン。時代遅れのドットの画面には大きなひびが入り、ボディには深い傷跡が刻み込まれ、物理ボタンの何個かが欠落している。ストラップで首から吊るされていた携帯電話は、完膚なきまでに壊れていたのだ。

 ただ、1つの疑問には説明がついた。

 ユウリはエミの携帯電話の傷を指先でなぞる。傷は1つや2つではなく、新しい物から古い物まで。最初はエミの物の扱いが雑なだけだと思っていたが、結果的に雑になっていただけ。

 ユウリが考えるに、エミという少女は弱視だ。

 サングラスはファッションではなく、光に弱い目を守るため。比較的色素が薄いユウリの目でも耐えられる日差しを、エミの目は耐えられないほど弱いのだ。それこそ、たった数メートル先の詩織と自分の母親を見間違えるほどに。

 だが、その事を理解出来たからこそ、エミの存在がユウリには異様に思えてしょうがない。

 母親の気持ちなど理解できはしないが、ユウリなら弱視の子供から目を離したりしない。現にエミは路上で転び、母親とはぐれてしまったのだから。


「ど、どうしましょうか?」

「どうするも何も、確かこの先に交番があったと思うから、この子を預けて来るしかないでしょ」

「でも、その、可愛そう、です」

「可愛そうって……」


 誰もが同じような境遇と思うなよ。自分の境遇に照らし合わせてしまったのか、表情を曇らせてどもり始めた詩織にそうは言えず、ユウリは小さく嘆息する。

 詩織が両親に蔑ろにされていた事も、そのせいで寂しい思いをしていた事も知っている。体にハンデを背負った子供が親とはぐれていたのも何らかの事情があるのかもしれない。

 だからといって、一緒にいる事が最善とは限らない。


「本当にその子が心配なら然るべき相手に判断と身柄を任せるべきだ。俺達が連れ回してたら母親はこの子を見つけられないかもしれないし、俺達も変な疑いを掛けられちゃうかもしれない。アンタは優しいけれど、少し無責任だ」


 反論も許さないようにもっともな正論を言って、ユウリは傷だらけの携帯電話から首を傾げるエミへと視線を移す。少なくとも訳ありの2人と行動を共にするよりは安全なはず。ユウリは良くも悪くも公安の人間(イヌカイミオ)に目をつけられており、詩織のお家騒動もつい最近の事件だ。

 何より、詩織にエミを1人にさせたくないと思わせる事が目的かもしれない。

 ユウリの言葉の意味を誤解しているのか、エミは詩織の腰に腕を回して小さな背中に隠れる。携帯電話を吊るしていたネックとストラップはピンと張り、まるでそれは犬のリードのよう。どちらが犬なのかはさておいて、エミがその意志を持っているのかはさておいて、結果的にユウリ達の妨害を行っている可能性は捨てきれない。

 ただでさえ、子供を連れての逃亡は難しい。その上で悲痛そうに顔を歪むその表情を見れば、詩織が心から心配しているのも理解できる。自分の対人恐怖症や人見知りよりも、縋り付いて来る子供の心配が出来る詩織には有効的だ。

 しかし、ユウリの提案はごく自然で常識的な物。エミをここに置き去りにしようと知っている訳ではなく、肉体にハンデを背負ったエミを自分達のトラブルに巻き込まないようにしたいだけ。

 そんなユウリの願いが通じたのか、壊れかけのエミの携帯電話が聞き覚えのあるメロディを鳴らした。


「もしもし」


 数コールだけ待つも、携帯電話を受け取ろうとしてくれないエミに代わってユウリは通話に応じる。

 エミに掛けて来た発信者は男の声に驚いてしまうだろうが、ユウリとしては好都合だ。壊れかけの携帯電話でも着信は出来て、関係者にエミの現状を伝えられる。

 しかし、通話相手はユウリにとって最も予想外な人物だった。


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