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レインメイカー  作者: J.Doe
ドリズル・チューズデー
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負けず嫌いのカタリズム 4

「まさか、あんな簡単に不問にされるなんてね」

「うちの社会人スキルの賜物じゃな」


 言ってろ。口には出さずにユウリはため息をつく。

 結局、ユウリと和紗は職員室に出向いて昼食中の蘭に騒動の報告と詫びを入れ、綾香の競技を観戦したいと言った和紗を連れて屋内競技場へ向かっていた。

 自分の愛嬌で乗り切れるユウリと違い、話し合える環境を作らなければならない和紗を放っておけない。面倒なトラブルを起こされて、護衛に専念できないなどあってはならない。

 現に、こうして今も学園内を大きな顔をして歩けているのは、当人の言う社会人スキル、正確には表情を一切変えずに嘘をつきとおす技術のおかげ。蘭は和紗の"保護者の代理人"という嘘を疑いながらも受け入れていた。中性的な東欧系と度の過ぎた三白眼の東洋人を親戚にするには難しく、何らかの代理人とする以外に選択肢はなかったのだ。

 トライトーンレコードという明神の資本で運営会社に勤務にしているだけでは、ここまですんなりと話は済まなかっただろう。100メートルハードルに出場する綾香の元に行きたいがために、蘭は話をうやむやにしてくれたのかもしれないが。


「明神はのう、GHQによって解体された財閥が、残された財源で再興した一族なんじゃ」

「どうしたのさ、俺は協力するなんて言ってないけど」

「礼代わりじゃ。それに、おどれがあん子らを守っとる限り、うちがおどれに情報を提供すれば協力関係は成立するけえの」


 まあ聞きや、と和紗はポケットから取り出したタブレットを口へ流し込む。


「氏家は歴史だけは1番長い東北の名家で、艸楽はわずが3世代で成り上がった庶民の出。この2家に共通しているのは、明神の事業に参加する事で栄えたという事じゃ」

「つまり、明神は氏家の歴史と艸楽の先見の明を金で買ったって事?」

「そういう事になるのう。明神は2家の価値を買うて、2家は今後の保証を望んだ。そこからじゃ、祭主(サイシュ)のような有象無象が増えだしたんも」

「祭主も庶民の出なの?」

「いんや。祭主は氏家の細工の理由に最初に気付いた没落した華族じゃ。庶民の出は艸楽と藤原だけ。そういう意味では、明神にまつわる家の関係はとても単純じゃ。利用し合う家と利用する価値もない家。その2つだけじゃ」


 なるほど、とユウリは手袋をはめた指先でピアスを突く。以前の騒動で1つ失くしてしまったせいでどうにも落ち着かないが、ピアスを触る癖はやめられそうにない。

 彩雅は今回のレクリエーションで生徒会が張り切っていると言っており、生徒会長の名字は藤原。いくら和紗程の情報を持っていなかったユウリでも、この状況を偶然では片づけられない。

 誰もが明神のような億万長者である訳がなく、星霜学園が富裕層向けの学園であるからこそ、スポーツ推薦の特待生という者達が存在する。ユウリのような超特例的な存在でなくとも、庶民に近い家の子供達が。


 つまり、支配層と被支配層の差別化と平和的競争。支配層は被支配層に形ばかりの称賛を送り、被支配者は支配層を実力で打ち負かす。強者からすれば、必死に追い縋る弱者ほど重い白い物はないだろう。正々堂々と戦いを挑んでくる相手ほど、陥れやすい相手は居ないのだから。


 1度は全てを失った明神が氏家を金で、祭主に血を与えて支配したように。


 星霜学園は誰にとっても試される場なのだ。支配するか、支配されるかを。

 ユウリがもし今日という日を利用して足場を固めるとすれば、綾香のプライドの高さを利用して勝利を煽り、周囲への根回しをして勝敗を操作する。誰かの勝利を演出するという事は、自分の敗北の可能性を排除する事にもなり、スポーツでも博打でも、1番得をするのはコミッショナーとなのだから。


「でものう、綾香は違うんじゃ」

「違う?」


 ああ、と和紗はバリボリと音を立ててタブレットをかみ砕いて頷く。


「あん子はのう、げに厳しいんじゃ。どんだけ家が良かろうも、本人に実力がにゃあ寄せ付けもせん。あん子は明神の意味と価値をきちんと理解しとる」

「名家のご令嬢様が見世物になるのも、上に立つ者の義務って?」

「じゃけえ、厳しいんじゃ。明神の家を継ぐ人間が芸能活動をするなんぞ言語道断で、アイドルとして活動するのなら明神としても中途半端は許されん。あん子は二律背反を抱えてやっとんじゃ」

「浅いカント気取りならやめてくれ。俺は普通の事を偉そうに言う哲学ってのが大嫌いなんだ」

「そがんでええ。こげなもん、一銭にもならんけえの」


 そう言って笑う和紗が、正確にはニヤリと歪んだ口角から覗く鋭すぎる犬歯が怖すぎて、ユウリはさりげなく目を逸らした。。和紗が優秀な事は散々思い知らされてきたが、よくもあれだけの実績を上げて来たものだともユウリは思ってしまう。どれだけ言葉と態度を取り繕っても、和紗の笑顔は怖すぎる。


「社会人様は博識でらっしゃるようで。大学出ておけば人生バラ色ってか」

「そうでもない。奨学金の返済も、肩代わりしてくれはった院長のため思うたら、学生時代も勉強以外はでけへんかった。哲学は経済のついでに受講しただけじゃ」

「……親は?」

「うちの目つきが気に入らん言うて消えおったわ。成人後、うちから会いに行ってしごうしたったわ」


 強がりから言ってしまった皮肉の答えに、ユウリは気まずげに顔を顰める。紛争地帯を巡っていた間に孤児など何人も見て来たが、抱えている悲しみは十人十色だ。親と過ごした過去を忘れてでも生き抜いた子供も居れば、その悲しみに耐えきれなかった子供も居た。詩織のように生きている両親に対して無関心な子供も居るのだ。今更感傷につられるつもりはユウリにはないが、言うべきでなかったと思いはする。

 しかし、和紗は表情を曇らせるどころか、くく、と含み笑いをしていた。


「そんな顔せんでもええ。院長が親みたいなもんじゃったし、親が居ない事なんぞ気にしちゃおらん」

「院長って孤児院の?」

「そうじゃ。早う恩返しせな思うて高利貸しやっとったらのう、あんクソジジイ、事務所にカチコミに来おって全部ぶち壊して行きおったわ」

「良い思い出みたいに言わないでくれるかな。美少年の情操教育に悪い――じゃなくて、結局アンタは何を言いたいのさ?」

「綾香を嫌わんで欲しいんじゃ。あん子の二律背反を一緒に背負って欲しいとは言わんが、あん子をただの自己中心的な完璧主義者と想って欲しくもないんじゃ」

「……別に、アイツを嫌った事なんてないよ」


 嫌えるはずがあるか。嘘をつくでもなく、ユウリは和紗の目を見ずに言う。

 あんなにまっすぐな少女を。複雑に絡み合うしがらみの中から、手を伸ばしてくれていた少女を嫌えるはずなどない。

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