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レインメイカー  作者: J.Doe
クラウディ・サンデー
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意気衝天のストレングス 5

「テメエ!」

「日本はスラングもねえのか、穏やかな言葉ってのもまあまあ不便だねえ」


 殴り掛かってきた別の男子生徒の拳を半身になる事で回避し、その腕を取ったユウリは払い腰の要領で芝生にたたきつける。いくら土と芝がクッションになっているといっても、受身すら許されなかった男子生徒は激痛にうずくまってしまう。


「あ、アンタ――」

「黙っててよ。これはアンタの尻拭い、そちらさんのバカみたいな行動のツケなんだからさ」


 心底つまらなそうに言われた言葉に綾香は言葉を失ってしまう。

 傭兵という職業を理解していなかった訳ではない。だがその躊躇いのない暴力は、その光景は綾香が恐れていた以上のものだった。

 何より、理解しきれていなかった。

 様子を見ると無責任に決めたその暴力は、自分達の行動次第で振るわれるのだと。


「ふ、ふざけんじゃないわよ! こんな事していいと思ってるわけ!?」

「男3人が1人の女の子に手を上げるのはいいわけ?」


 怒鳴り散らす女子生徒に、ユウリは口元を歪めてポケットから携帯電話を取り出す。

 赤いグラデーションのボディ。タッチパネルには映るのは6人ほどの学生服の少年少女達、スピーカーから漏れるのは一方的に怒鳴りつける男子生徒の声。

 綾香が使い方を教えたアプリで記録された詰め寄る男子生徒と胸倉を掴まれている綾香の映像だった。


「スマートフォンってすごいね、こんなに小さいのに何もかもが高性能だ」


 喫煙、ハラスメント、脅迫、傷害未遂の現場をとらえた映像に女子生徒たちの顔色が変わる。普通なら停学程度で済むかもしれないが、ここは星霜学園で相手は明神。白だって黒に変わってしまうだろう。

 しかし、とユウリは失望したようにため息をつく。


「俺はね、正直なんだっていいんだ。1発ぶん殴られてこの猪女が大人しくなってくれるなら願ってもないし、そちらさんがこの猪女にボコボコにされても俺には何の被害もないし」


 戸惑う綾香に一瞬だけ視線を寄越し、ユウリは心底面倒くさそうに続ける。


「でもさ、俺が面倒に巻き込まれるのだけはゴメンなんだよ」

「な、なら、今日の事も誰にも言わない! もうソイツらにも手は出さないから!」

「いやいや、そんなの今さらでしょ。そんな利口な考えが出来てりゃコイツだってこんなところに居ないし――だからさ、早く終わらせようよ」


 貼り付けた笑みを消し、ユウリは女子生徒の制服の胸ポケットに刺さっていたボールペンを手に取る。ありふれたペン先は鋭く、女子生徒達もその理解せざるを得ない。

 しかし、資料通りのブルガリのオムニアクリスタンの香りと華奢とは言えないがしなやかな女の手に、ユウリはボールペンを奪われてしまった。


「そこまでにしなさい」

「どうして?」


 ボールペンを遠くに投げ捨てた綾香は、問い返してくるユウリの襟をつかみ、力ずくで自分へと向き直らせて整った顔の頬を両手を包み込む。

 まるで犬のしつけのようなやり方ではあるが、相対するその顔には悪意と無関心が同居しており、綾香の危機感は否応無しに刺激されてしまう。

 少なくとも、綾香にはそんな顔を出来る人間を知らない。予期していた危機を、むざむざと見せつけられるようだった。


「もう1度だけ聞いてあげるよ――どうして? コイツらはアンタとアンタに近しい誰かを傷つけようとした。ここで放っておけばどんな報復してくるか分からないのに」

「もう十分よ。アンタのおかげで切り札はこっちにあるんだから」

「……甘いね。平和ボケしてる日本人らしいよ」

「国籍は日本だって言い張るなら、日本人らしくこちらのやり方も尊重しなさい」


 綾香は額をユウリの胸元に押し付けてため息をつく。

 自分とそう変わらない胸元の位置。つまりは、この年頃の男子としては身長は低め。

 そんなユウリに体を預けるのは不思議な感じがするが、自分を守るために暴力を行使した彼が自分を振り払う事はないと綾香は確信する。

 ユウリはあくまで綾香達を守る結果に固執しているだけ。生徒達への暴力はただの手段でしかなく、彼らが立ち上がれなくなっているのもただ副産物でしかない。

 そして、自分の身の安全が守られた以上、その暴力は別の意味が存在しているという事。綾香はそれを理解しなければならない。


「彼らに後遺症が出る確率は?」

「さあね」

「いいから、ちゃんと答えなさい」

「……悪くて軽い打撲程度だよ。必要ならここでとどめを刺してもいいけど?」

「刺さない。その必要はもうないのよ」


 しつこく問い掛け続ければ折れる。不精さからか、それとも歪んだ優しさからかは分からないユウリの性質に深くため息をつき、綾香はユウリのブレザーの襟から手を離してポケットから携帯電話を取り出す。

 勝ち負けの付かない決着ではあるが、事態は沈静化した。この機を逃せば事態はユウリの提案した通りの結末を迎える事は明らかだった。


「うちの者を来させるから治療を一緒に受けなさい――ただ、2度とアタシ達の手を煩わせないで」


 睨み付けるように女子生徒達に宣言した綾香は、携帯電話を左手に、ユウリの革手袋を纏う左手を右手にその場から足早に立ち去った。

 過剰防衛、脅迫。少なくともそれらはユウリの罪状なのだから。

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