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レインメイカー  作者: J.Doe
ドリズル・チューズデー
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負けず嫌いのカタリズム 2

 星霜学園は定員割れをしていた伝統校を明神に買収され、富裕層向けに方針添加される形で設立された私立校。

 そのため、小中高の3学部から成り立っている四谷校の敷地は広く、競技場を複数所有するなど、極力学園内で完結できるようにしている。


 つまり、常に護衛対象の位置を把握しておかなければならないという事。


 庭園の木陰にあるベンチで生徒手帳に描かれた学園の地図を眺めていたユウリは、今日の行事の進行を表示した携帯電話へと視線を移す。クラス選抜リレー以外参加しないユウリならともかく、複数の競技に参加する3人の位置を把握し続けるのは難しい。3人の着替えや私物がサロンにあり、来賓客には専用のチケットが配布されているだけマシなのかもしれないが、不特定多数が星霜学園に訪れている現状は安全とは言い難い。生徒会と警備部門のダブルチェック程度は安全を証明する材料にはなり得ない。


「あら、こんな所でどうしたのユウちゃん?」


 聞き慣れた声に生徒手帳から顔を上げたユウリは、その有り様に思わず顔を顰めてしまう。

 胸元にアルファベットで学園名を書いたトップスに、緑色のラインが走るプリーツスカート。両手には持たれたテープ製のボンボン。

 そこに居たのは、チアリーダーの格好をした艸楽(サガラ)彩雅(サエ)だった。


「学園の美化に貢献してるだけですよ。俺みたいな美少年を見れるなら、皆の心も豊かになるでしょ」

「その割には見に来てくれなかったのね。お姉ちゃんも学園の美化に貢献したというのに」


 お姉ちゃん悲しいわ、とボンボンに顔を埋める彩雅に、ユウリはジャージのポケットに手を入れて肩を竦める。

 格式高い伝統校だったという情報からは信じられない格好をしているが、生徒の芸能活動を認める背景には、こういった俗っぽい事を許容できる背景があるのだろう。そもそも、オーナーの娘がモデルやアイドル活動をしているのだ。結果を出しているとはいえ、雇われている側はうるさくは言えない。


「彩雅、男が出来たなんて聞いてないわよ……男の子、よね?」

「可愛い弟分よ、アイドルには男の影は厳禁だもの」


 戸惑いから眉を顰める女子生徒に、彩雅は口元をボンボンで隠してクスリと笑う。

 男女共通のデザインのジャージを着て、拗ねたように口を尖らせるユウリは確かにボーイッシュな女子に見えない事もない。下の妹分が上の妹分の服とユウリを交互に見比べていたのも記憶に新しい。家庭内に不和を産まないように、ユニセックスなデザインの自分の古着をユウリに与えた事も。弟分の尊厳と妹分の純真な心を守るのは姉貴分の仕事なのだ。


姫島(ヒメジマ)蓮華(レンゲ)、彩雅の友達よ」

「不知火ユウリ、艸楽先輩には以前お世話になりました。それと、俺はれっきとした美少年ですから」


 ボンボンを外して差し出して来た手の握手に応じ、ユウリは間違えてくれるな、と強調する。

 アップにした黒髪に赤い簪を刺し、吊り上がり気味の目にはうっすらとラインを引き、すらりとした比較的長身な体に纏う彩雅と同じチアリーダー服。

 独自調査で知った印象とは違う蓮華の姿にユウリは小さくため息をつく。もっとも、ユウリが知っている蓮華の情報は3年A組所属の彩雅のクラスメイトである事くらいなのだが。


「ところで、ユウちゃんは暇してる?」

「してない事はないけど」

「カズさん。ワタシが招待した人が受付で揉めてるらしいの。そこでユウちゃんに迎えに行ってもらえたらって」

「揉めてるって、チケットは渡されたんですか?」

「もちろん――ユウちゃんに譲ってもらったチケットを渡したのは間違いないのだけれど、生徒会が張り切っているみたいで。ワタシもテニスの準備をしないといけないから」


 ボンボンで口元を隠し、小声で申し訳なさそうにささやいて来る彩雅にユウリは肩を落とす。

 彩雅が自分名義のチケットを使いづらいのは理解していて、自分名義のチケットを譲ったのは覚えている。ただ、相手が悪かった。流石の彩雅もこの状況までは予想していなかったはず。

 珍しい転校生名義のチケットに、提出させられただろう芸能関係者の身分証明書。学校関係者に大阪弁交じりの広島弁で喋る事はないだろうが、あの常軌を逸した目つきが警備関係者に警戒心を抱かせたのだ。スカウトにしても、生徒の身内にしても疑わしすぎる。付け加えるのなら、ユウリの今後にも関わりかねない。


「事情は分かりました。だけどいくら後輩だからって、ただで使われる理由は――」

「今日、購買と学食は休みよ?」


 このまま無駄話に付き合わされたくない、とベンチから立ち上がったユウリは、そのまま動きを止めてしまう。

 いつも通りの流れとしては、昼休みに購買に行って甘いパンと甘いコーヒーを買い、サロンを見張れる空き教室でそのまま昼食を摂る。あの頃の例外を除いて3人と学校で食事をした事はない。

 そしていつも通りの流れは保護者などの来賓が来るこの日に、余計な業者の介入を避けようとするもっともな判断によって潰えたのだ。

 せめてコンビニにさえ寄っていれば、と歯噛みするユウリを哀れに思ったのか、術中にはまった姿が可愛かったのか、彩雅はにこにこと笑いながらユウリの耳元に口を寄せた。


「シオちゃんがね、疲れても食べやすいようにっていろいろ考えてくれてるみたいなのよ」

「……分かったよ。行けばいいんでしょ」


 外聞やサロンに通う面倒くささから昼食の誘いを拒否していたが、詩織の料理の上手さはユウリも理解している。綾香に誘われなくなってから、朝食を取らない生活に戻しているのもあって、昼食を抜く気にはなれない。ろくに食べ物すらなかった紛争地帯でなら我慢は出来たが、食料に溢れた日本でまで耐える気などない。

 元々来るとは思っていなかったが、3人の両親が来ない事だけが不幸中の幸いだった。そう思わなければ、仕事を増やしてくれた自称協力者を向き合う事など、ユウリには出来なかった。


 よろしくね、と背中越しに掛けられた声に手を振りながら、ユウリは正門へと歩き出す。

 すっかり梅雨は明けたのか、明るい日差しにユウリは切れ長の目を細める。季節は挽歌を迎えており、屋内競技場を完備しているとはいえ、体育系の行事を行うには適しているようには思えない。


 もしかしたら、そこに何かがあるのかもしれない。


 馬鹿馬鹿しいと思いながらも、ユウリは脳裏によぎる考えを否定しきれずにいる。氏家のような大きな家が1枚岩でなかったように、富裕層向けの星霜学園も富裕層だけが在籍している訳ではない。たまたまユウリが孤高の立場を取れているだけで、支配する側とされる側は確かに存在している。卒業後もきっと続いて行くだろう関係が。

 考え過ぎなら寝て忘れてしまえばいいが、もし学園内の誰かを殺す気ならユウリも来賓の多いこの日を狙う。辺りに高い建物は少ないせいで狙撃は難しくとも、手荷物などの検査をすり抜けられる装備の有用性は誰よりも知っている。何より、陳の言葉を信じるのなら、星霜学園を落とす事で3人とその家を狙うだろう。


 ただ、まずは目前の状況に対処しなければならないらしい。


 無表情で立ち尽くす和紗、涙を浮かべておろおろとしている女子生徒、困ったように頬をかく警備員。

 自分の為にも、誰の為にも。事態の収束は急がれた。

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