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レインメイカー  作者: J.Doe
スプリンクル・マンデー
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順従謙黙のアバンドン 3

「だけど、全部は思い通りにいかなかったんだね?」


 話を聞きながらも顔色1つ変えないメガネの女を横目に、ユウリは顔を俯かせた彩雅に問い掛ける。

 ここまで聞かされてしまえば、もう後戻りはできない。氏家家の情報で保身を図る事は出来ないが、ユウリは知らなければ身の振り方も選べない。


「ええ。社交界はワタシ達がついて行けば良いけれど、他人が頻繁に出入りするあの家ではそうはいかない。高等部に進学するまでは艸楽の家に住まわせていたけれど、血のつながった両親に抗えるほど日本の法律は都合良くない。だからワタシはあの家を、ワタシ達だけの家を手に入れたの」


 詩織の見知りを軽度の対人恐怖症に変えた過程と家庭。青山1等地にあんな大きな家を建てられた理由。

 大きな金が動くところを何度も見て来たにユウリでも、その規模と動機に眩暈と疑問を覚えてしまう。それこそ、その金額は彩雅がユウリを探した金額など些細に感じるほどだろう。


 だが、明神家の厚意は根本的な対応にならなかった。


 明神家の厚遇を受け、入学時点で成績は主席。内向的な性格とは裏腹に華やかな世界に生きている。

 その事実達は詩織本人の努力から周りの目を背けさせ、妬み嫉みはその華奢な体を押し潰すように増していたのだ。


「レインメイカーも、そのための手段なの?」

「違う、と言いたいわね。確かにワタシは手段としても使ってしまっているけれど、音楽が大好きで、3人でやれる1番最適な形をしていたのがレインメイカーだった。そこにどんな思惑があったとしても、レインメイカーはワタシ達の夢よ」


 詩織を守るための隠れ蓑として、レインメイカーが結成されたのではないか。

 暗にレインメイカーの存在価値を疑ってくるユウリの質問に、彩雅は曖昧な回答と確固たる気持ちで応える。

 アイドルという形で音楽をやりたいという熱い気持ち。2人に新しい何かを見せてやりたいというお節介。そして、世界が変わったような快感。

 そのどれかが欠けていれば、落ち込んでいた綾香も、期待する事も出来なかった詩織も説得は出来なかった。


 もっとも、ユウリの考えも間違っている訳ではない。


 3人の共同生活もレインメイカーの活動も、許可をしたのは明神と艸楽。

 無意識であってもネグレクトをしていた継承権第1位の詩織を保護していた2家に歯向かえないからこそ、氏家亮太は伊勢裕也を送り込むような手段しか取れなかったのだから。


「なら、どうして法的手段に出なかった? それだけ雁首を揃えてればネグレクトの証拠くらい手に入れられたでしょ」

「法的手段に出れば、氏家に勤める関係ない人達を巻き込んでしまう。社長と妻の愛人問題なんて週刊誌の大好物。その結果で自分が苦しむって分かっていても、優しいあの子はそれを許してくれなかったの。正直言えば、シオちゃんの記事を少しだけ許容する事でその先へと踏み込ませないようにしていたの」

「本人がどう思ってるかは分からないけど、本人以外には背負えないリスクとリターンだよね――過ぎた事を聞くけど、氏家は家を継ぐ気ではいるの?」

「立場上権利を破棄していないだけで、出来るだけ継ぐつもりはないと思うわ」

「……お優しいっていうか、無責任っていうか」


 納得してしまうほどの詩織らしい選択に、ユウリはシートに煙草臭い体を乱暴に預ける。

 もし両親の後継者争いに決着がつかず、家の存続が危うくなった際。本当の最後の最後に、詩織は家を継ぐつもりでいるのだろう。

 氏家という歴史の為にやむを得ず。氏家に尽くしてくれた人々のために仕方なく。両親と同じように、氏家という存在に将来を選ばされて。そこに人々を守ろうとする使命感があるのかは分からない。

 ただ、ユウリにはその無責任さが腹立たしくて、胸の奥でうずく冷たい不快感がうっとうしい。

 上に立つ人間というのは、立場に見合う人間でなければならない。2人の少女と1つの企業の重責を負った彩雅のように。

 しかし、詩織は両親の起こした騒動を丸く収めたいだけ。自分が犠牲になる事で家を存続させ、次世代に面倒事を押し付けるだけ。それを無責任と言わず、なんとい言えばいい。

 明神と艸楽の家が金を使ったのは詩織個人を守るためで、詩織にはその投資に応える義務がある。

 確かに、伊勢を相対した詩織に器の片鱗はユウリも感じていた。

 だが、技術と知識がない詩織が家を継ぎ、誰かと結ばれたとしても、その誰かの思惑に氏家と人々を振り回されるだけ。もしかすれば、遠くから手を回した伊勢や祭主に氏家を乗っ取られるかもしれない。少なくとも、伊勢裕也は詩織との血の繋がりを理解し、子供を残せないと判断していたのだから。

 回り、巡り、堕ち。詩織は皆の期待を裏切るだけなのだ。


「それで前例が必要だったんだね。自分達は受け入れたけど、周りが裏切ったんだって。失敗したミックスを持たせようとしたのも、最終的にデータを盗んだ伊勢裕也を追放するためだったんだ」

「そうよ。今までだってシオちゃんを守りきれなかったのに、藤原宗吾みたいな日和見主義と伊勢裕也みたいなイレギュラーなんて邪魔でしかない。だから、ユウちゃんにはシオちゃんを守ってもらっていたの。伊勢裕也みたいな小物相手なら、ワタシでもアヤちゃんを守りながらそのしっぽを掴めると思っていたから」


 それが最大の失敗だったのだけど、と彩雅は美しい眉尻を下げる。

 もしユウリに全ての情報を与えていれば、こんな事にはならなかったかもしれない。知らないまま危機を退けようとしたユウリの優しさ、家の事情など知らないままで居て欲しかった詩織の切望を踏みにじって。


 だが、彩雅にはその判断を下す事は出来なかった。


 彩雅は怖かったのだ。自分の判断で妹分達が傷つくのも、全てを失ってしまうのではないかとという

 だから、危機感に麻痺した心で、一縷の望みに縋ってしまった。

 自分で決着とつければいい、と。伊勢を泳がせる事で、全てに決着をつけてしまえばいい、と。


「本当にごめんなさい。いつもいつも、アナタに面倒事を押し付けてしまって」

「謝らないでよ。俺が勝手に動いたからこんな事になっちゃったんだし、明神が怒るのも当然だって分かってるから」


 口をつく分かったなどと耳触りの良い言葉に、ユウリはシニカルな笑みを浮かべて、

 ユウリは何も分かっていない。どうしてこの車が青山通りを進んでいたのかも、辿り着いた先で自分がどうなってしまうのかも、なぜすっかり住み慣れた青山の一軒家の前で車が止まったのかも。

 分からないまま、分かろうとしないまま、ユウリは無責任に受け入れたのだ。


 自分の行いに本気で怒っていた綾香の気持ちも。

 自分の事を試し続けているのかもしれない詩織の気持ちも。

 美緒の家の前で離すまいと縋り付いて来た彩雅の気持ちも。


 だがそれでも、とユウリは思う。

 今度ばかりは、間違わずにいられたのではないか、と。


「ユウリさん!」


 強引に車のドアを開けられたその瞬間、ユウリは車外から飛び込んできたそれに押し倒される。

 胸に飛び込んできたのは、消えそうなくらい薄いアナスイのシークレットウィッシュの香り。未だ制服姿の華奢な肩は嗚咽に震え、胸元に縋り付いて来る手には血染めのハンカチが握られている。

 押し倒した回数を押し倒された回数がどんどん突き放していく。

 そんなバカな事を考えながら、ユウリは華奢な背中に腕を回してやる。

 何かを堪えるような綾香の視線の意味にも、自分が失ったものにも気付かずに。

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