順従謙黙のアバンドン 2
氏家亮太と氏家佳乃。
氏家詩織の両親であり、詩織を追い詰めた加害者であり、そして被害者でもあった2人。
2人の人生は家と会社の存続のためにあった。亮太は良き当主となるように、佳乃は良き嫁として夫に尽くすように。共に星霜学園へと通い、家の為だけに相応しくあろうと。社交界に出始めるよりも早く、2人は許嫁とされていたのだ。
星霜学園大学部を卒業すると同時に2人は当然のように結婚をする。自分達の意志もない、家名と面子のためだけの結婚を。
それでも、2人に不満はなかった。家や血を越えた親友を作り、学生の間は好きな事に打ち込み、思う存分に恋愛もしていた。
ただ、相手がお互いでなかっただけ。結婚が義務でしかなかった2人にとっては、それだけの事でしかなかった。
だから、2人は見逃しあっていた。お互いの愛人も、亮太と愛人の子供も。2人の関係はあくまで氏家を守り、発展させるためのものでしかなく、そこには愛情も関心もなかったのだ。
それはもちろん、詩織が生まれても変わらない。むしろ、女を産んでしまった事を悔やむ佳乃に亮太は失望すらしなかった。
亮太の両親が望んだのは、あくまで後継ぎとなり得る2人の子供。男だろうが女だろうが、家を継ぐのは当人なのだから。
だが、その無関心さが佳乃に亮太へのいら立ちを募らせていた。佳乃の家、祭主は明神の血が薄く入っており、氏家に対するご意見番のような役割を担っており、ほとんど格差のない氏家に見下されたように感じ始めていた。
しかし、2人を取り巻く状況が劇的に変わる。
亮太と佳乃の両親が、相次いで逝去したのだ。
多少の差があれど、4人の死因は同様に急性心筋梗塞。出来過ぎた死因に疑問や悲しみを覚えるよりも早く、2人は家の当主としての現実に直面する。
葬儀が終わるや否や、両親のシンパが2人の元に押し寄せたのだ。
物心がつく前から義務を強要してきた両親ではあるが、死なれてまで何も感じない訳ではない。
だというのに、人々は慰めの言葉の次には必ず自分や子供を重用するように言った。どれだけ言葉を取り繕うとも、社交界の洗礼を受けて来た2人が言葉の裏を読めない訳がない。
そして、2人は理解してしまい、家族という名ばかりの契約を投げ出した。
人々は氏家という大きな力を、そこに集まる金にしか関心がないのだと理解してしまったのだ。
両親という枷がなくなった2人は、それまでの時間を取り戻すように動き始める。
亮太は愛人に産ませていた伊勢裕也を後継ぎに据えようと手を回し、佳乃は氏家を乗っ取ろうとする祭主のバックアップを受けて愛人との新しい生活を始めた。互いの家の橋渡しとして亮太と佳乃の子供を望んでいた両親達は死に、条件さえ揃えば愛する子供を後継ぎに添える事が出来る。
1人娘である詩織の事など気にも留めず、そして皮肉にも、2人は後継者争いという場面になって初めてお互いに関心を抱いて。
限りなく薄くとも、詩織には明神の血が流れている。形だけでも同じ籍に入れられれば、両者は明神との血の繋がりを維持ができ、人生を懸けた繁栄を手中に収められるのだ。
後継者争いの場となった氏家邸には2人の怒鳴り声が響き渡るようになった。
亮太が呼び込んだ愛人達が居座るようになった。
最後まで詩織を守ろうとしていた乳母は心労から倒れてしまい、氏家邸から追い出されてしまった。
息を殺して氏家邸で暮らす詩織に同情的だった実質的な艸楽家当主である艸楽早苗は、真っ先に金を出す事で明神家党首である明神敬一郎の協力を引き出す。
そして両家は彩雅がレインメイカーの始動に向けて動き出した際には、先代からの旧氏家派に声を掛けてトライトーンのバックアップを約束させた。
敬一郎にとっても、早苗にとっても。1人娘が妹分を救ってくれと懇願し、親友達の情けない様は見るに堪えなかったのだ。




