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レインメイカー  作者: J.Doe
スプリンクル・マンデー
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諧謔弄しのエスケイプ 3

「察しの良さを褒めてあげたいところだけど、そこまで詳しいのならこちらも尋ねないといけなくなるわね――あなた、何者なの?」

「ただの美少年だよ。ちょっとばかり、博識なね」


 やはり、試されていた。さりげなく肘でジャケットのポケットを探りながら、ユウリは挑発するように肩を竦める。

 おそらく、美緒はユウリの手袋を脱がしはしなかったが、手荷物は一通り調べたのだろう。ユウリは財布や携帯電話といった不知火ユウリの所有物は、ほとんど全てスタジオの階段に捨てていたが、武器になりそうなペンまで捨ててはいなかった。

 不幸中の幸いにも、美緒はそのせいでユウリの正体を知る事が出来なかったらしい。だからこそ、ユウリは一刻も早く情報を手にし、この家を出なければならない。

 間違いなく、狗飼美緒は左手の手袋の意味に気付いているのだから。


「美緒、取引をしよう」

「ユウリ、捜査に協力しなさい」


 予測はしていたが、最悪の形でシンクロした言葉に、両者は示し合わせたように鼻を鳴らす。


「冗談じゃない。俺が伊勢の情報を提供したのは、助けてくれた事へのお礼ってだけ。取引に応じてくれないって言うなら、これ以上は付き合いきれないよ」

「冗談じゃなくて本気よ。暴行の現行犯に決闘罪、忘れたとは言わせないんだから」

「それを言うなら、そちらさんの未成年略取はどうなのさ」

「立派な大人である以上、非行少年の保護は当然の義務よ」


 口先だけのもっともな美緒の正論に、ユウリは気持ちをクールダウンさせるようにため息をつく。

 疑惑を晴らすどころかどころか、身元さえ証明できないユウリは圧倒的な弱者。ここで無理やり逃げ出した所で、美しく整った顔は人目を惹いてしまう。外国人街に逃げ込んだとしても、情報を売られない確証などない。

 だが、美緒に屈服する事も、美緒を殺す事も出来ない。文字通り美緒の飼い犬になってしまえば、目的を果たす前に切り捨てられしまうかもしれない。公安の人間らしい美緒を殺せば、戸籍があろうとなかろうと自分に辿り着かれてしまう。

 つまり、ユウリはこの場をやり過ごし、日本に潜伏するための手段を考えなければならないのだ。


「助けてくれた事は本当に感謝してるけど、これ以上は本当に無理だよ」

「私が信用できない?」

「当たり前でしょ。あんなに都合良く居合わせて、こんなに都合の良く情報交換の場が整ってるなんておかしいじゃないか」

「それは悲しいけれど、それだけではないんでしょう?」

「……何が言いたいのさ?」

「言いたい事があるのは、私じゃなくてユウリでしょ」


 悲しいと言いながらも、美緒はユウリの胸中を見透かしたようにくすくすと笑う。

 平日とはいえ、スタジオのビルをまるごと貸切にでき、スタジオをまるごと貸切にする必要があり、薄くとも伊勢裕也と関係を持った人物達。

 伊勢と合成麻薬の結びつきを知っている美緒が、その人物達を特定出来ない理由などない。

 特に、誰の目も惹いてしまうマネージャーが居ればなおさら。


「はっきり言いなさいな――あの子達が心配なんだって」


 瞬間、ユウリは考えるよりも早く、跳ねるようにソファから飛び出した。

 もはや手段を選んではいられない。漠然とした危機感に本能が暴力を訴え、指先をまとめて尖らせた右手はまっすぐ美緒の眼球へと向かう。

 相手の言葉が切っ掛けだったために、完全な不意打ちとは言えない。それでも、並の人間であれば、眼球を失ってから事態に気付くはず。ユウリは確かにそう確信していた。これまでの戦いが、血と汚泥を啜り、辛酸を飲み干した過去がユウリに縋らせたのだ。

 だというのに、美緒は楽しそうな笑みを崩しもせずに、文字通り眼前に迫るユウリの右手を掴んでいた。


「冷静になりなさいな。日本じゃ、嫁入り前の女に傷をつけるといろいろ面倒なのよ?」


 平然とそう言いながら、それでいて当然のように。美緒は左手で掴んだユウリの右腕を引いて、ユウリをベッドへと引きずり倒す。自分のサブミッションの弱さを理解しているユウリは、咄嗟に左拳を突き上げるも、首を傾げる事で回避した美緒にそのまま覆い被さるようにしてマットレスへとスーツ姿の体を押さえつけられてしまった。


 捕まえた。声もなくそう告げる美緒の唇は弧を描き、ユウリの胸中で不安が炸裂する。


 物理的に振り回された脳は眩み、肌はじりじりとした不快感を訴え、胃は嘔吐感と共にずしりと重くなる。胸の形が変わるほどに押し付けられた体は暖かく、頬を撫でる手が妙に優しげなのに。

 本能は暴力を訴え続けているというのに、理性が敗北を認めているのだ。

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