意気衝天のストレングス 3
ならば、敵は誰でどこに居るのか。
おそらく陳にも答えられないだろう疑問に黙り込むユウリに、綾香は携帯電話の表示をデジタル時計に変える事で急かす。
答えの出ない疑問のために授業に遅れる事は本位ではないユウリは、最後の質問をする事にした。
「3つ――これの使い方教えてくれない?」
そう言ってユウリが見せたのは、ずっと手に持っていた携帯電話だった。
「……呆れた。アンタ携帯も使えないわけ?」
「そう言わないでよ、俺が知ってる携帯は折り畳み式のパカパカなんだからさ」
「スマートフォンが出たのだってずっと前じゃない。国籍は日本なんでしょ?」
「だから、日本に住んでたのはずっと前なんだって。そこから文明とは程遠い生活でね」
ユウリはそう言いながら綾香の手から缶コーヒーを取り上げ、ずっと手に持っていた携帯電話を押し付ける。電話とメールという最低限の機能こそ使えるようにはしたが、他の機能に関してはほとんど手をつけられていなかった。
「それで、何を使いたいの?」
「レコーダーとカメラ、電話とかは何とか分かったんだけど」
投げて寄越した缶コーヒーを開けて飲み始めるユウリに、綾香はどこか冷たい視線を向けてくるが、缶コーヒーをあげた記憶はないユウリは知るかとばかりに缶に口をつける。雑味がなく、すっきりとした味が口内に広がるが、ユウリは苦味に耐え切れなかったのか目を閉じて顔を顰めていた。
「アンタ、もしかしてブラック飲めないのに買ったの?」
「……仕方ないじゃん。コーラとかないし、他のはよくわかんないんだから」
若干涙ぐんでいる目と、泣き言を言う少年のらしい低いとは言えない声。そんなユウリの様子がおかしいのか、綾香は噴出してしまいそうな口元を押さえる。
ブラックコーヒーの苦味に耐え切れず涙ぐむ編入生は、傭兵というよりは大人っぽさに憧れる年相応の少年に見えたのだ。
綾香は自分の携帯電話をブレザーのポケットにしまい、メニュー画面を呼び出す。カメラのアプリは据え置きのものが入っているが、ボイスレコーダーのアプリは当然ながら入っていない。
本人の確認を取る事もなく、綾香は勝手にネットに接続してアプリ専用のコンテンツサイトにアクセスし、ボイスレコーダーのアプリをインストールする。
「ちょっと貸しなさい」
インストールが終了したのを確認した綾香に呼び寄せられるままに、ユウリは自分の携帯を覗き込む。
どこか乱暴で、思い込みと衝動で生きていそうな綾香だが、1から教えるために準備されたのだろうホーム画面は、綾香の面倒見の良さを窺わせた。
「ホーム画面の一番下の中央の部分を押すとメニューが出るの。そしたら左上にカメラとレコーダーのアイコンがあるからそれを押せば使えるはずよ」
「へえ、セットしてくれたの?」
「そうよ。使わなさそうなアプリは次のページに移しちゃったけど、いいわよね?」
「別にいいよ。マジで助かった、ありがとう」
真っ直ぐなユウリの言葉に戸惑いつつも、綾香は携帯電話と引き換えに革の手袋を嵌めた左手から缶コーヒーを掠め取って一気に煽る。
缶のブラックであるせいか、苦い以上に酸味を強く感じるが、耐え切れないほどではない。
一気に缶コーヒーを飲み干した綾香は空になった缶をゴミ箱に投げ込み、どこか誇らしげなユウリに視線を向ける。いわゆるドヤ顔である。自分はお前以上に大人なのだといわんばかりの。
しかし当のユウリはどこか引いたように顔を引きつらせていた。
「間接キスを気にしろとか言わないけど、猪過ぎるでしょ。マジで」
「い、猪って言うなァッ!」
綾香の反射的に張上げられた声はスピーカーのチャイムに混ざり、2人はの3限目の授業の遅刻が確定する。
3限目の授業は数学。2人のクラス担任であり、ユウリのピアスに目を光らせ、厳しい生徒指導で有名な2年学年主任蘭響子女史の授業だった。




