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レインメイカー  作者: J.Doe
スプリンクル・マンデー
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身の程知らずのユーサープ 3

「あ、しまった」

「どうかされましたか? 砂糖の在庫がないとか仰いませんよね? 1杯につき2本は当然ですよね?」

「アンタ、その内砂糖を飲むようになるんじゃないかしら」


 ユウリの問いかけに、綾香は面倒くさそうに顔を顰める。今更ユウリの甘いもの好きに文句をつけるつもりはないが、少し砂糖の取り過ぎではないかとは思ってしまう。基本的には同じものを食べて食べているため、成人病の心配まではしていない。

 それどころが、基本的には女性が羨むほどに理想的な体系だろう。

 長い手足はすらりとしており、やや細い印象を受けるが、体はオーダースーツを見事に着こなせる程度に引き締められている。まるで美しくなるために生まれたような、彩雅に似た人種。


「……負けわんこのくせに」

「何で自分はケンカを売られたんですかね」


 つい口が滑ってしまった綾香は、目元をヒクヒクと痙攣させるユウリの言葉を無視して肩を竦める。

 クラスメイトの誰かが言っていたが、ユウリの制服姿は宝塚の男役のようだという声に綾香も納得せざるを得なかった。筋が通りながらもキツくない顔は本人が美しいと言って憚らないほどに整っており、女子人気の高い自分とのツーショットを狙っている層が居ると綾香も話には聞いていた。


 中性的でどこか耽美的なユウリ。

 快活であからさまに活発な綾香。

 そんな2人が、理想的な美男子カップルのようだと。


 うっかり教室でユウリと話をしてしまった。たったそれだけの理由でさりげなく自分が男扱いされてしまえば、憎まれ口の1つも叩きたくなるというものだ。ユウリにとっては、ただの八つ当たりでしかなくても。


「そんな事はどうでも良くて、スタジオに携帯を忘れて来たみたいなのよ。メールチェックしなきゃって思ってたのに」

「でしたら、自分が取ってきますよ。でもどうして自分はケンカを売られたんでしょうか」

「お願いするわ。真っ赤なケースが目印よ」

「了解しました。ですが、ケンカを売られた理由だけは皆目見当がつきません」

「さっさと、行きなさい。甘いカプチーノでも淹れて待ってるから」


 言葉で誤魔化す事をあきらめたのか。固く重い拳を握る綾香に敗北を理解したユウリは、さりげなくジャケットの袖をつまんでいた詩織を彩雅に預けてスタジオへと歩き出す。別に甘いカプチーノに釣られた訳ではなく、純粋な敗北に背中を押されて。

 その背中はどこか寂しげで、しっぽがついていれば三日月を描いていただろう。綾香の中で負けわんこというイメージがより強く定着し、詩織は擦ってやれないその背中の代わりに彩雅の背中を擦る。妹分の奇行に彩雅は思わず苦笑いしてしまうも、何も言おうとはしない。姉貴分の懐はとても広く、詩織の奇行にもいい加減慣れていた。


 自分を取り巻く、というよりは自分を中心に巻き起こる状況に勝手に慣れられてしまった。このままでは過保護を通り越して飼育されてしまうかもしれない、とユウリは肩を落とす。馬鹿げてはいるが、詩織に携帯電話の通話履歴まで知られているユウリには頭痛の種の1つだった。


 何せ、ユウリは詩織の事を未だ理解できていない。


 嫌がらせの主犯格だった(カク)鈴麗(リンリー)を撃退した事で学校での嫌がらせは止み、対人恐怖症気味で内気な性格から、第三者と対面するのを恐れていた事も知っている。

 だが、それ以上にユウリは氏家詩織が漠然と何かを恐れているように感じていた。


 氏家詩織はずっと恐れ続けているのだ、と。


 斉藤泉の襲撃を秘密裏に処理する前から、ユウリが日本に訪れるずっと前から。

 詩織を赤の他人(ユウリ)に縋らせるほどに追い詰めた何かを。

 ようやくたどり着いたスタジオの前で、ユウリはふとドアノブに伸ばした手を止める。


 303。扉に書かれた部屋番号は間違っておらず、キーはスーツのポケットに入ったまま。何かあってもすぐに戻れるとロビーに残してきた3人の会話は遠くから聞こえている。

 虫の知らせにも似た危機感にユウリは左手でキーを取り出し、右手でポケットの中の携帯電話に触れる。今日このスタジオはレインメイカーの貸切で、確かに施錠はしたはずで、そのキーはユウリだけが持ち歩いていた。それなのに、何かが違う。理屈ではなく、感覚が訴えているのだ。


 確実に、誰かが中に居る。恐れ知らずで、あまりにも頭の悪い誰かが。


 ありえない話だが、詩織のスキャンダルを狙った週刊誌の記者かもしれないし、使用中の部屋を清掃しに来るような熱心なスタッフかもしれない。少なくとも、ユウリ達が即座に戻れる距離の現場に侵入しているところを鑑みるに、相手は間違いなくプロではないだろう。もしガーボロジーを仕掛けて来た誰かであればなおさら。捜査も空き巣も、自分の存在を知られて良いのは事を終えてからなのだから。

 だが相手がどれだけ愚かであっても、気付かれていないという優位性を捨てる理由もない。勝手にテリトリーへ踏み込んできたのは相手であり、ユウリには3人を守る義務がある。何より、3家の影響力が及んでいないスタジオで騒ぎを起こすの出来るだけ避けたい。


 ユウリは静かに鍵を鍵穴へと差し込み、一気にスタジオ内へと踏み込んだ。

 山を描くように並べられたスライドフェーダー。机の上に並べられた筆記用具と赤い携帯電話。まだ世に出していない歌詞を入れたファイル。

 スタジオに居たのはそれらに一切も目もくれずに、スタジオには備え付けのパソコンからフラッシュメモリを引き抜く男。


 その人物は他の誰でもない。伊勢裕也だった。


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