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レインメイカー  作者: J.Doe
スプリンクル・マンデー
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身の程知らずのユーサープ 2

「……やらなきゃいけない理由は分かったけど、少し休憩でもして来たら? そちらさんのやってる事なんて俺には理解できないけど、このままやってても埒が明かない事くらいは分かるよ」


 いい加減鬱陶しくなったのか、ユウリは詩織の腕をやんわりと引きはがしながら言う。

 無尽蔵の体力を持つ綾香ならともかく、何もしていない詩織までが疲れ始めている以上、このまま無意味に考える事も、このまま無意味に続ける事も意味はないだろう。彩雅にとっても、ユウリにとっても。

 そもそも、ユウリはシェアハウスのゴミでガーボロジーを行おうとしていた人物すら把握できていないのだから。


「そう、ね。ちょっと頭でも冷やして来ようかしら」

「ならロビー行ってみない? 見た事ないコーヒーメーカーがあって気になってるんだけど」


 立てた親指でロビーの方を指す綾香に、彩雅はくすりと笑ってしまう。身振りはいちいち男らしいが、綾香は気遣いの出来る良い子。つくづく可愛い妹分達に恵まれた、と。

 もちろん、詩織を適当に手であやしながら防音扉を開けて待っている弟分にも。


「それはそうと、ファーストシングルとの音の違いが分かるくらいに聴きこんでくれたのかしら?」

「……ええ、マネージャーとして当然かと」


 作業が滞っているくせに、どこか楽しげな彩雅の問いかけに、ユウリ防音扉の鍵を掛けながら吐き捨てる。

 基本的には綾香と彩雅の個人の仕事を、"請けるかもしれない仕事"と"絶対に受けない仕事"に選り分けるだけだっだが、判断基準も知らずに餞別できるほどユウリは2人の事を知らない。

 そこでユウリは、改めてレインメイカーを知る事にしたのだ。

 彩雅が手書きで書いた物から最新までの企画書。デビュー時のプロモーション映像。綾香と彩雅の個別の仕事。振付、歌詞、曲などのそれぞれの資料。もちろん、ファーストシングルの内容も売り上げも。

 そして知れば知るほど、ユウリは"カズ"を始めとしたトライトーンの人材の優秀さを思い知らされた。


 ファーストライブを終えた今でも3人揃っての露出はプロモーション映像以外一切なく、積極的に公表していないが、隠しても居ない大企業の社長令嬢という反感を持たれやすい肩書を持ち、活動時間は基本的に平日の放課後と週末だけ。

 いくら彩雅がデビュー前に知名度を稼いでいても、チャートに乗るレベルでシングルを売るのは不可能に近かったはず。ファーストシングルを発売するまで、プロモーションに参加できたのは彩雅だけだったのだから。


 だというのに、トライトーンはそれを成し遂げたのだ。


 艸楽(サガラ)彩雅という看板を最大限利用し、金と手間を惜しまない熱心なプロモーションによって。

 ユウリはしっかりと扉を閉め、ロビーへと向かって歩きだした3人の背中を見つめる。


 おそらく、まだ支出分はまだ取り戻せていないはず。


 それでも、明神敬一郎はビジネスとしての勝算を見出したのだろう。

 それが娘への贔屓目なのか、彩雅への信頼なのか、ユウリには理解できないが。


「本当に見た事ない型ね。新しいメーカーなのかしら」

「だからこそ腕が鳴るってもんだわ――チキチキ! 説明書も見ずにエスプレッソを作ってみようのコーナー!」

「世の中にゴミが溢れる理由の1つを目の当たりにしたような気がします」

「そう。ところで、たった今砂糖が品切れになったんだけど――」

「しかし、チャレンジスピリットを否定する理由にはなりませんね」


 スティックシュガーを隠そうとする綾香。即座に手のひらを返すユウリ。所在なさげにうろうろしている詩織。

 卓から離れて少しは気が晴れているのか、ユウリとのやり取りにくすくすと笑う彩雅に綾香は両拳を突き上げて言う。

 ユウリが言っていたように、繰り返しの慣れない作業に彩雅のパフォーマンスは低下してた。デモ用にいくつもミックスしてきたとはいえ、商品にするためのミックスをした事はない。彩雅はアイドルとして場数も踏めないまま、プロデューサー兼コンポーザー兼ディレクター兼エンジニア兼ボーカル兼プレイヤーとして作品を世に出さなければならなくなってしまった。いくら彩雅でも、草鞋にすれば歩けなくなる程の重責を1人で負うのが辛い事くらい綾香でもわかる。

 だがそれでも、彩雅にはその重責を負ってもらわなければならない。ミックスの勉強を嫌がっている訳ではなく、技術以前のセンスの問題として。彩雅が描いた勝算も未来も、綾香と詩織は完全に理解できていないのだから。


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