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レインメイカー  作者: J.Doe
スプリンクル・マンデー
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多事多難のストラグル 2

「個人での仕事、ですか?」


 トライトーンの3階にある休憩所。髪をスプレーで黒く染め、キュリオシティキラーで発注したスーツに身を包んだユウリは、マネージャーとしての言葉づかいで問い返す。。執拗ではあるが、もっともな経理の説教に心と体は疲れ切っていた。とはいえ、経費の申告をしていなかったユウリの自業自得でしかなく、詩織の言葉もあって使用分の経費は来月の供与で補てんされる形となっているのだから、ユウリに文句を言う資格などない。


「はい。何か、出来ないかと思いまして」

「ですが、艸楽(サガラ)氏のプロデュース方針に合いますかね」

「そこが、ちょっと悩みどころで」


 困ったような笑みを浮かべる詩織にユウリはどうしたかと、伊達メガネのセルフレームを押し上げる。

 ユウリが仕事の相談をされたのはこれが初めて。適切な答えを出せるかは分からない。それどころか、詩織がどういった答えを求めているのかも。

 やめておけと言ってしまえば、詩織はその言葉通りに何もなかったように振る舞うだろう。その真意はどうであれ、

 だが、それは誰にとっても本意にはならない。ユウリにとっても、詩織にとっても、もちろん彩雅にとっても。


 本当はやりたい事があり、その後押しをしてもらいたいだけなのだろうか。ユウリはそう考えるも、ありえないとすぐに否定する。


 詩織が新しい分野への進出を考えている理由が、綾香と彩雅に負い目を感じてのものだとしても、プロデューサーである彩雅が認めなければ何もできない。自由を奪うための拘束ではなく、レインメイカーの詩織を守るために。詩織を1人で人前に出さないのは、神秘性の演出とは別の意図もあるのだから。

 それを踏まえた上で、ユウリは詩織は何かをしたいが、何をすべきか分からないではないか、と考えた。


 氏家詩織。レインメイカーの実質のメインボーカルで作詞家。基本的には引っ込み思案で、正しい自己評価が出来ないくらいに自身というものが欠如している。派手なものは好まず、注目を集めるのも苦手。

 自分が知る限りの氏家詩織像を思い浮かべたユウリは、何かを確かめるように詩織へと視線を向ける。

 物憂げな美少年の顔に向けていた視線は信じられない速度で逸らされ、前髪に隠した顔はほんのりと赤い。

 人目など気にしない綾香と注目を集めるのが得意な彩雅。そんな2人と正反対な人柄を理解していれば、あとは導いてやるだけ。それ以上の事はしてやれない。


「……創作、なんてどうでしょう?」

「創作、ですか?」


 ええ、とユウリはうなずく。


「2人のように誰かが作った物で表現をするのではなく、自分で1から何かを創作して表現をするんです。最終的には何をするにも人の手が必要ですが」

「たとえば、どんなのが合うと思いますか?」

「何でもいいと思いますよ。絵でも、刺繍でも、文章でも。マーケティングとプロモーション、とやらに時間と手間は掛かるでしょうが」


 何を選んでもこっちの思い通りだし、とユウリは詩織に優しく微笑みかける。

 とはいえ、選ぶように誘導したのは個展でも開かない限りは人前に出る必要もない分野。詩織が人前に出ないで済むものばかり。

 そんな態度に本業の人間達には顰蹙(ひんしゅく)を買うかもしれないが、そんな事を気にしたところで意味はない。言い方は悪いが、詩織が何をしてもアイドルの片手間にやっているように見えてしまうだろうから。


 ユウリのそんな思惑など露知らず、詩織は頬に手を当てて考え込む。

 スポーツウェアブランドのイメージガールをやっている綾香。

 不特定多数のファッションブランドのモデルをやっている彩雅。

 2人と肩を並べたいと望んだからこそ、新しく何かを始めたいと思っていた。レインメイカーに相応しくなりたいと、今まで以上に強く思った。


 だがその反面で、詩織は2人のようになれないとも気付いていた。


 いつでも自信に満ち溢れていて、その自信を裏付ける実力があって、ずっと憧れて来た2人。誰が見ても、2人と詩織は正反対の存在だ。


 ならば、2人と自分の違いとは何か。


 1番大事なのは困難にバカ正直に立ち向かうのではなく、どんな知恵を使ってでも困難の先にある結果に辿り着く事。

 そして考え続ける事。1つの狂いも許されない数式のように、それでいて答えに辿り着くのが必然であるように。


「……私、歌詞だけじゃなくて、いろいろな文章を書いてみたいです。詩と小説のどちらになるかは分かりませんが」

「元々こだわりのある分野みたいですしね。まずは1つ完成させて、艸楽氏に見てもらいましょう」

「はい!」


 いつでもそうしていればいいのに、と心底嬉しそうに微笑む詩織にユウリは肩を竦める。

 自分で方針を決められた事がよほど嬉しいのか、ステージ以外では前髪に隠された顔に浮かべられた笑みは年相応に可愛らしく、決して2人にも見劣りしそうにはなかった。

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