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レインメイカー  作者: J.Doe
スプリンクル・マンデー
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役者不足のアンブレラ 5

 レインメイカーのシェアハウスは地下1階、地上2階の3階建ての一軒家だ。地下はスタジオと楽器などの機材を収納した倉庫。1階はリビングなどの共有の生活空間で、2階が3人の私室。ユウリはその中で1階の空き部屋という事になっていた1室で暮らしている。

 せめてお互いに保険を掛けられる距離での生活は出来ないものか、と彩雅の母である艸楽早苗の心配によって、ユウリは1階に住む事になったのだ。ユウリの部屋には外側から鍵が掛けられるようになり、23時を過ぎて2階への階段を使おうとすれば警報が鳴る。もし3人の内の誰かが夜遊びをしたり、何らかのトラブルが起きれば即座に実家が事態を把握できるようになっていた。

 これだけの警戒態勢を取られているというのに、ユウリは反発はするどころか、我慢してでもボディガードの役目を全うしていた。


 だからこそ、異性と話す事すらままならない詩織でもユウリを受け入れ、信じる事が出来たのだろう。


 せっかくなら、パンケーキでも作ってみようか。料理の腕は2人と比較できるほどではないが、そのくらいならなんとか。

 素敵なボディガードは、甘い物が好きなのだから。

 ユウリが満足そうにチョコサンデーを食べていた光景を思い出し、詩織はくすりと笑みをこぼす。甘党は男らしくないとユウリは気にしているようだが、気にしているその様が詩織には可愛くてしょうがない。本人に言えば拗ねてしまうため、間違っても口には出せないトップシークレットである。


 そして詩織は合金製の扉の前でノックをしようと手を上げ、そのまま止まってしまう。

 最初にこの部屋を訪ねた時は2人と一緒で、その次は謝りたい一心で半ばパニックだった。


 つまり、詩織はようやくここが異性の部屋だと理解したのだ。


 どうして、と詩織は上げた手を胸元で握る。綾香はあんなに堂々と入ってたのに、必要とあればベビーフェイス顔負けの大立ち回りもしていたというのに。

 勝手にマークしていた彩雅のストーカーをドロップキックで地面に沈めた綾香。気になっている少年の部屋に緊張して立ち尽くす詩織。不幸にも、どちらが正しいかは今の詩織には区別がつかない。

 ただ、詩織は2人に不思議な関係が芽生えつつあるように感じていた。

 無礼な訳ではないが、お互い無意味に気を遣わないような。意識していないどこかでお互いを信用しているような。

 自分のようにユウリを苛立たせるでもなく、対等に言い合いも出来る気兼ねしない関係が。


 だからといって、このままではいけない。


 詩織としては普段から気を張っているだろうユウリをゆっくり寝かせてあげたいが、綾香に怒られてしまうのも、怒りたくもない綾香を怒らせてしまうのも本意ではない。

 深呼吸を3回。手を握って開くのを5回。

 覚悟を決めた詩織は、もう躊躇えないように勢いよくインターホンを押した。

 これしかない、と彩雅のよく分からないこだわりで選ばれた電子ベルの音が廊下に鳴り響く。ホームコメディで聞くようなやや安っぽい音で、サンプリングに苦労していた音。そこに雨風と自身の鼓動以外の音は混じらず、詩織の頬が紅潮していく。


 返事がないという事は、綾香の予想通りユウリはまだ起きていない。

 つまり、詩織は合法的にユウリの部屋に入れる。もとい、入らなければならない。

 決して評判の良い綺麗な寝顔が見たいという訳ではなく、起こしてあげなければならないだけ。朝が弱いユウリが生活リズムを崩してしまえば、学校にも行きづらくなってしまうから。最近は別々になってばかりだが、出来る事ならまた一緒に通学がしたい。下校デートなどという過ぎたものは望まない。ただ、車でうとうとしてしまうユウリに肩を貸したい。詩織は、広いリムジンのシートで転寝してしまうユウリが、気付かずにシートに倒れこんでしまいそうになった時、肩を貸してあげられるような、そんな人間になりたいだけ。いつもは綾香がすぐ起こしてしまうから。


 聞こえるはずがないのに、うるさいくらいの鼓動の音を誤魔化すように、詩織は扉のセキュリティシステムの端末に指を滑らせる。

 ランプは開錠を示すグリーン。1人で起きて2人を迎えに行ってなければ、ユウリは間違いなく寝ている。

 このまま立ち尽くして時間とチャンスを無駄にするか、再び覚悟を決めて部屋に入るか。


 詩織にはもう、退く事は出来なかった。

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