意気衝天のストレングス 2
「だからこそ、はっきり言っておくわ。アタシ達には傭兵なんて人殺しは必要ないの。さっさと国にでも帰ってもらえないかしら」
「生憎だけど、こう見えて国籍は日本でね。任務ついでに1流の学歴が手に入るチャンスを逃す気はないよ」
義務教育を放棄してるもんで、とユウリはおどけるように肩を竦める。
騙されているとはいえ、傭兵という人殺しと対峙している綾香。その勇気こそが綾香という人物を構成しているのかもしれないが、陳が懸念していたのは紛争地帯からテロリストを連れて来るほどの危機。綾香の勇気はただの無謀で、勇敢な人間性も飛んで火に入る夏の虫だ。
しかしユウリの態度が気に入らないのか、綾香はいらだたしげに顔を歪める。
「学園の警備は優秀だし、襲撃された事もない。むしろ傭兵なんて粗暴な人間があの子の近くに居る方が心配よ。大体、アンタまだ17歳の子供なんでしょ?」
「そうだよ。あくまで上から命令してくるそちらさんと同年代さ」
「アンタね――」
小馬鹿にするような態度に耐えかねて声を張り上げようとした綾香に、ユウリは自販機から取り出した缶コーヒーを投げて言葉を遮る。
人影がないとは言え、騒ぎを起こした編入生など無用な面倒を起こしかねない。文字通り何でもありというのなら、ユウリはとっくに行動を起こしているのだから。
「こんなめんどくさい問答はゴメンだから言っておくけど、俺の雇い主は明神綾香じゃなくて明神敬一郎。金も出してないアンタの言葉に従ってやる理由はないし、俺にはアンタ達を守るだけの理由がある。俺はアンタ達の邪魔はしないから、アンタも俺の邪魔をしないでよ」
「そんな言葉を信じると思うわけ?」
「さあ? 俺は出来るだけ約束は守る主義だけど、そちらさんがどう思ってるかなんて分からないからね。でもまあ、どちらにしても裏切れば俺は陳に殺されるし、俺じゃなくて陳を信じればいいでしょ」
「そんなの、ただの論点ずらしじゃない」
「なら排除してみればいいよ。アンタ達を守るためにここまで連れて来られて、命まで握られてる俺の事をさ」
出来る訳がない。表情をこわばらせる綾香に、ユウリは護衛対象の性格と共におおよその事情を察する。
明神敬一郎の陳への信頼は厚いらしく、綾香がどれだけ訴えてもユウリが護衛を解任されることはなかった。だからこそ、綾香は危ない橋を渡ってでもユウリと接触を図ったのだ、と。
しかし陳に出された報酬と命欲しさからユウリは任務を放棄する事は出来なかった。それどころか、断っていれば殺されていたかもしれない。
そしてその事実を打ち明けられた綾香にはもうユウリをむやみに排除することは出来ない。
"あの子"という誰かを守ろうとした綾香が、誰かに死ねと言えるはずがないのだから。
「……何か怪しい真似をしたら容赦なく排除してやるわよ」
「それ以外の落とし所はないかな――そんなことより、聞きたい事がいくつかあるんだけど」
「別にいいけど、次の授業まで時間がないの。3つまでにしなさい」
猜疑心を困惑が勝ったのか、綾香は思いのほか素直に応じる。
傭兵という人殺しに対する忌避感から衝動的にユウリを拒絶しただけで、綾香自身は殺し殺されとは程遠い世界に居るのだからそれも無理はないだろう。
しかしユウリは先ほどの会話で引っ掛かった言葉を確かめなければならない。ユウリが知っている彼女達の事と言えば、公表されている情報と香水の銘柄など、意味のないものばかりなのだから。
「じゃあまず1つ、襲撃を受けた事がないって本当なの?」
「ええ。脅迫状染みたファンレターなら来た事はあるけど、陳が心配するような事はなかったわ」
アイドルという立場からそれは予測していたが、予測していたからこそユウリは戸惑ってしまう。
陳はレインメイカーがテロリストに狙われていると言い、カウンターの為にユウリという別の意味での危険分子を護衛対象の近くに置いた。脅迫し、十分以上の補償と報酬まで与えると約束して。
明神グループがどれだけ潤沢な資金を抱えていたとしても、工作に長けたテロリストを飼っておくだけの理由がユウリには理解出来ない。いくら脅迫していたとしても、ユウリに工作をさせる時間を与える事は致命的ですらあるのだから。
「2つ、敵対する可能性がある勢力は?」
「正直言えば敵はたくさん居るけど、そんなの居ないわ。アイドルとして戦っているというのなら、ジョーカーが居るけれど」
「ジョーカー?」
疑問を繰り上げた問い掛けの答えに眉を顰めるユウリに、綾香はブレザーのポケットから何もかもが赤い携帯電話を取り出し、楽曲の売り上げリストを見せてくる。
ユウリの護衛対象であるレインメイカーに大差をつけた1位にはジョーカーという名前が記載されていた。
「ライバルっていうと格差があるけど、何かと張り合う事が多いアイドルユニットよ。でも売り上げと人気で言えば向こうのほうが上だし、ボディガードが必要な妨害なんて受けた事もする必要もないはずよ」
確かに知名度と売り上げで勝っているだろうジョーカーに、リスクを負ってまで格下のレインメイカーを妨害する理由はない。明神グループという大企業が支援しているレインメイカーを押さえるだけの実力を、ジョーカーは持っているはずなのだから。