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レインメイカー  作者: J.Doe
スプリンクル・マンデー
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役者不足のアンブレラ 4

「休校、ですか?」

『うん。台風の影響で電車が動かないからって、さっき連絡があったのよ』


 淡いブルーのシーツを敷いたベッド。ジャンル問わず本を詰め込まれた本棚。ノートパソコンと筆記用具を几帳面に並べた机。

 時刻は7時半。気付けば青ばかりを集めてしまった自室で、詩織は青い携帯電話越しの綾香の声にを耳を傾けていた。

 事実、青いカーテンの向こうで窓は暴風で揺れており、生徒の身代金の総額が国家予算とされている星霜学園が無理な登校をさせるとは思えない。


 ただ、どうして自分にはその連絡が来ていないのか。詩織はただただその事だけを考えないようにしていた。


 星霜学園は詩織達にサロンなど、あらゆる部分での便宜を図ってくれているが、この程度の事は自分で調べさせようという教育方針に則っただけ。決してクラスに友達が居ないからじゃない。自分の知らない連絡網がある訳じゃない。おそらく、きっと、1階で鳴った固定電話の着信に気付かなかっただけ。今日の所は留守電と着信履歴は絶対に調べない。優しくて面倒見の良い綾香が誰よりも早く連絡してくれただけ。別に友達なんていらないし、素敵なメンバーとボディガードが居るし。


 彩雅が自分の所に学校からの連絡を1本化している事を忘れて、詩織は最高速で不毛極まりない論理武装を済ませる。厚意から掛かってくるクラスメイト達からの電話の対応に追われてなければ、彩雅が率先して連絡してくるだろうことにも気づかずに。


「それで、そちらはどうされてるんですか?」

『ユウリの奴、何にも話してなかったのね。そっちに帰るのは難しそうだったから、彩雅姉を拾って明神の実家に泊まったの。伊勢は白井に適当な所まで遅らせたから、問題ないはずよ』

「……ごめんなさい」


 どうして連絡してくれなかった。

 後半から心底嫌そうにトーンダウンした綾香の言葉に、詩織は口を突きそうになった言葉を飲み込む。心配していたのは確かだが、冷静に考えてみれば連絡をするまでもないと考えていたのだろう。少なくとも、連絡を受けていたユウリが動いていないのだから。


『詩織が謝る事じゃないでしょ。ヘタな事をして明神の名を穢す訳にはいかないし、あれごときに揚げ足を取られるなんて癪ってだけよ――様子を見て帰れそうになったら帰るから、ユウリを起こして課題でもやらせておいて』


 それじゃ、と通話が切れた携帯電話をスカートのポケットにしまい、詩織は深いため息をつく。


 相変わらず、綾香と彩雅には迷惑を掛けてばかり。

 相変わらず、怖いものと立ち向かうことも出来ない。

 相変わらず、1人では何もできないつまらない女。


 隙あらば脳裏に居座るその言葉が詩織の罪悪感を刺激しているのだ。

 確かに、ユウリは逃げてもいいと言っていた。無意味に危険を冒すのではなく、最終的にその危険に対処し、目的地へ辿り着く手段を考えるために。

 だが、今の自分の逃げには意味があるのだろうか。あの時のように、ユウリが助けてくれるのを待っているだけれはないのか。

 考えてもしょうがない。詩織は首を横に振って、悪い方へばかり行く思考をやめる。今取るべき最善の一手は伊勢から逃げきる事で、最悪の一手は伊勢の思惑に加担する事。余計な事を考えて場を荒らす事ではない。


「起こさなきゃ」


 思わず出た声に詩織は口元を手で覆う。何が楽しいのか自分でも理解に苦しむが、詩織は口元が勝手に緩んでいくのを感じていた。

 いつもなら綾香がユウリをとっくに起こすか、場合によっては寝ぼけたユウリを担いでリビングに来る。ユウリがよほど苦しんでいれば話は別だが、アイドル活動においての必要性が低そうなベンチプレスを購入しようとしていた綾香の行動だ。詩織も彩雅も今更気に留めようともしない。


 たとえそれが、朝からボディガードにアルゼンチンバックブリーカーをきめる女子高生の姿であっても。


 しかし、綾香は未だ明神の実家に居り、今朝その役目は詩織に任された。学校が休校になったのだから無理に起こす必要もないが、起こさなければ後でユウリが怒られてしまうかもしれない。小さい頃は昇ってくる朝日と起きる時間を競っていた綾香はきっと許してくれないだろう。


 その前に、と詩織は姿見の前に立つ。


 トップスはゆったりとしたオフホワイトのカットソーに、肌寒いからと羽織ったスカイブルーのカーディガン。ボトムスはネイビーのマキシスカート。ただの部屋着でしかないが、彩雅と一緒に選び、現役モデルの美意識と詩織の趣味に適った物だ。決してだらしない印象は与えないはず。

 姿見を覗き込み、ヘアバンドの位置を軽く修正して詩織は部屋を後にする。廊下の空気は6月とは思えないほどに冷えており、カーディガンの袖を伸ばしながら階段を下って行く。

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