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レインメイカー  作者: J.Doe
スプリンクル・マンデー
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役者不足のアンブレラ 2

 やっぱり、面倒な事になった。


 時刻は11時過ぎ。既に授業が始まっているというのに、ユウリはレインメイカー専用のサロンでいらだたしげに制服のネクタイを緩めていた。朝が弱いユウリでもここまでの遅刻をした事はない。

 普段なら、3人と共に家を出て、運転手の白井が運転する車で途中まで同行し、目立たない場所で車を降りて登校していた。


 しかし今日に限っては車がユウリを待たずに出発してしまい、タクシーで学校に向かっていた最中にトライトーンから緊急の連絡が入った。時間になったはずなのに、彩雅が撮影スタジオに現れない、と。

 学業をおろそかに出来ない3人に、平日のこの時間に仕事を入れる訳がない。

 トライトーンの人間はその事を理解しているが、相手からすれば、約束を破られたという事実は変わらない。


 ユウリは慌ててタクシーの行き先を星霜学園から家に変更し、仕事用の格好を整えてから現場へ謝罪に向かうしかなかった。

 覚えのないミスに頭を下げ続けたのが功を奏したのか、今回ばかりは違約金を請求しないと相手は言ってくれたが、レインメイカーとトライトーンの信用が揺らぐのは間違いない。


 積もり積もる面倒事に頭を抱えながら、ユウリはトライトーンに結果の報告をし、改めて登校するも、車での通学を認めている星霜学園は既に校門を閉ざしていた。

 見えない赤外線に進入路を限定され、カメラの死角を読み、苦労して学園内に侵入した頃にはもう2時限目が始まっていた。無事侵入できた事には安心したが、護衛という立場から言うと学園のセキュリティに新しい不安要素を見つけてしまったとも言える。

 何もかもがめちゃくちゃに交錯する中で、ユウリの脳裏には1つの言葉がリフレインされていた。


 仕事が欲しけりゃ好きなだけさせてやる。


 綾香と彩雅のマネージメントを引き受けていたはずの、伊勢の言葉が。


「やるしか、ないんだよね」


 ユウリはようやく使い方が分かり始めたノートパソコンと再び向かい合う。それはトライトーンの備品であり、ユウリの代わりにマネージメントを引き受けていた"カズ"が使っていた物。

 トライトーンはユウリに対して行っていた支援を引き下げたのだ。

 "カズ"がマネージメントを取り仕切っている事が伊勢に知られてしまえば、不知火ユウリという存在がトライトーンに所属出来ている矛盾が露見してしまう。芸能関係の仕事に長けている訳でもなく、伊勢の言う通り、家柄も何もないユウリがなぜトライトーンに、と。

 そのため、"カズ"はマネージメント業務から離れ、白井はユウリの乗車の拒否するようになった。


 おそらく、白井はユウリと同じように状況に応じての判断を一任されており、ユウリは自分を置いて行った白井を責める事は出来ない。伊勢というイレギュラーに先手を許したのも、マネージメントに触れて来なかったのはユウリの怠慢とも取れるのだから。


 つまり、ユウリはこれから1人で戦わなければならない。


 トライトーンには全ての仕事をユウリを通すようには約束させており、レインメイカーのスケジュールを完全に管理する事で伊勢の出方を伺い続ける。今までのように起きた時間に対して対処するのではなく、これからは事件が起きる前に対処するのだ。もう、ユウリに甘えは許されない。


 詩織に対する伊勢の接触を完全に遮断できているのは、綾香と彩雅が伊勢を押さえつけているから。初対面の時に伊勢の反応を鑑みれば、明神の名前が作用しているのは間違いない。家の力を極力使わないようにしている彼女らに、それを利用させてしまっているのだ。

 何より、詩織が伊勢を怖がっている以上、伊勢の勝手をユウリが許す訳にはいかない。


「……どういうつもりなんだよ、あの野郎」


 ようやく使い慣れて来たノートパソコンの画面に並ぶそれぞれのスケジュールを確認し、ユウリは思わず毒づいてしまう。

 やはりと言うべきか、予想通りというべきか、社内で一括管理しているスケジュールに今日の撮影は載っていない。

 しかし、とユウリは黒く染めたままの髪を指先でいじる。

 あらゆる事情を無視して、そもそも、どうやってこの仕事が受注されたのか。


 考え得る可能性は3つ。


 1つ。艸楽彩雅が自らの意志で仕事を受けていた。

 2つ。藤原宗吾を含むトライトーンレコードの誰かが直接仕事を受けていた。

 3つ。綾香と彩雅のマネージメントを担当していた伊勢裕也が受けていた。


 まず、1はありえない。

 レインメイカーの活動条件に学年主席が含まれており、いくら彩雅が首席の維持を確信していても、2人の姉貴分という意識が学業を疎かにはさせない。


 そして2。藤原宗吾の実力は未だ計りかねているが、"カズ"を始めとした社員達はユウリという業務上無能な社員を庇える程度には優秀な人材ばかり。相手に調子の良い事を言って忘れた、という事はありえない。


 つまり、消去法的に今回の仕事を受けたのは伊勢裕也となる。


「だけど、どうして」


 自然と漏れた声を遮るように、ユウリは黒革の手袋をした左手で口元を覆う。

 伊勢裕也は"許し"という言葉から連想される"何らかの理由"で、詩織との接触するためにレインメイカーのマネージャーになった。だが当の詩織はユウリの影に隠れるばかりで、伊勢との関わりを一切拒否している。そこで伊勢は不知火ユウリという邪魔者に全ての責任を負わせて排除しようとした、という事は流石にないだろう。詩織に気に入られたい伊勢が、わざわざ失望させるような真似をわざわざするとは思えない。

 となれば、残った可能性は馬鹿馬鹿しいものが1つ。


 伊勢裕也は受けた仕事の話を忘れていたのではなく、意図的に報告しなかったという可能性。


 たとえそうだとして、伊勢はどうしてそんな事をしたのだろうか。

 訳も分からず、ユウリは口元に添えていた手で左耳のピアスに触れる。

 意図を測りかねるイレギュラー。これからも増えていく仮初の仕事の重責。赤の他人同士の面倒な人間関係。

 最悪は立場を変えて護衛につけばいいだけのはずなのに、取るに足らない些細な事のはずなのに。

 胸に居座る不快感は、未だに晴れそうにない。

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