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レインメイカー  作者: J.Doe
スプリンクル・マンデー
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見境なしのイングレーション 4

 濡れたツートンの髪をタオルで拭きながら、ユウリは自室に備え付けにされていた椅子に身を投げ出す。

 金持ちの娘が3人、その護衛がきれいな顔をした若い男。面倒事は覚悟していたつもりだった、が。


「受け身ってのは、どうにもね」


 落ち着かない。ラフな部屋着には不似合の手袋の手が、自然と机に放り出された携帯電話に伸びる。護衛だからと言って、その時を待つだけというのは、能動的に動き続けて来たユウリの性には合わない。


 どうあがいたところで、ネット初心者の自分には大した結果は出せない。そんな確信から、ユウリはタッチパネルを指先でつつき始める。


 やがて比較的大きめな画面に表示されたのは、ネット上に公開されている伊勢裕也のパーソナルデータ。

 仲間から寄せられたメッセージや過去の日記から察するに、伊勢裕也は都内の大学を卒業後にバーを開店を開店するも、経営が上手くいかず、僅か1年で閉店させている。

 この情報だけを見れば、歳の離れた伊勢と詩織が接点を持てる理由などない。ユウリでさえ、この任務を請けるまでは明神に近づく事も出来なかったのだから。


 聞くべきか、聞かざるべきか。


 脳裏をよぎった考えをユウリはバカバカしい、とため息をつく。

 お互いを信用できている訳でもないのに、下手に探りを入れてこの関係を台無しにする訳にはいかない。ユウリが日本、ひいては明神のそばに居るにはレインメイカーが必要なのだから。

 ふと、どこか躊躇いがちに鳴らされたインターホンの音にユウリはさりげなく携帯電話を手で隠し、扉へと振り向く。

 綾香なら全力で合金製の扉を殴り、彩雅なら携帯電話で呼び出してくる。その事を考えれば、携帯電話の画面を見られる訳にはいかない。

 予想通り、中途半端に開けられた扉から詩織が顔を覗き込ませていたのだから。


「どうかしたの、こんな夜に」

「あの、その、今日は、ご迷惑をお掛けして、し、しまったので」

「いいって、そういうのをひっくるめて俺の仕事なんだからさ」


 だから、さっさと帰ってくれ。


 ユウリは言葉にする代わりに、いつもより多くどもり、長い前髪に顔を隠した詩織に微笑みかける。

 時刻は22時。寝るにはまだ早いが、男の部屋を訪ねるには遅い時間だ。本人に非があるかは分からないが、男と問題を起こしたのがたった数時間前であればなおさら。


 何より、もしこの事を綾香に誤解でもされたら。


 問答無用でボコボコにされる事はないだろうが、暴力をちらつかされるのは間違いなく、ユウリとしてはその事態を避けたかった。綾香の重い1撃を受けたのが数時間前であればなおさら。


「ありがとう、ございます。それで、お礼と言ってはなんですが、チョコサンデーを作っ――」

「今すぐ行く」


 別に甘いものにつられた訳じゃない、と心の中で言い訳をしつつ、ユウリは携帯電話を部屋着のポケットにしまう。

 それに、今日だからこそ、だったのかもしれない。

 自分では鍵を閉められない扉を閉め、ユウリは詩織の小さな背中を押してリビングに向かう。

 面倒事を避けたいのは事実だが、なんとなくの不安で頼られるのはユウリにとって良い兆候だ。変な所で頑固なのはレインメイカー全員の共通点で、綾香に至っては1人で多数と立ち向かっていたのだから。


 だけど、とユウリの脳裏に1つの考えがよぎる。


 もしあの時、星霜学園の庭園で、綾香が暴力をためらっていなかったら。

 自分が手を下すより凄惨な事になっていたのでは。

 背筋に怖気が走る想像を振り払うように首を横に振り、ユウリはリビングの椅子に座る。権力と暴力が結びつくことほど怖い物はない。その両方を持った人間が同じ屋根の下で暮らしているというのも、悪夢のような話だ。


「あの、どうぞ」


 キッチンから帰って来た詩織がテーブルに置いた小さなグラスにユウリは首を傾げる。

 バニラアイス、ホイップクリーム、チョコシロップ、クラッシュクッキー、チェリー。それらを盛られたグラスが1つしかなかったのだ。


「あれ、氏家は食べないの?」

「私は、22時以降の間食はしないようにしているので」

「ふうん、意識の高いこって」


 血色の良い白人の美少年では紛争地帯でテロリストに紛れる事は出来ず、自分は食べれる時でもろくに食べれなかったというのに。ユウリはそんな事を考えながら、ホイップクリームの乗ったアイスをスプーンで口に運ぶ。濃厚でありながらその甘さはくどくなく、上品な風味が口内に広がって行く。

 食べないなんてもったいない。そんな視線を詩織に向けてしまうほどに。

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