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レインメイカー  作者: J.Doe
スプリンクル・マンデー
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見境なしのイングレーション 2

「それで、お話はもう終わったのかしら」


 カタリ、とタブレットがテーブルに置かれた音に、赤毛の少女は肩をビクリと震わせる。

 別に、忘れていたわけではない。ただ頭に血が上っていただけ。

 正しい事をしようとしていた自覚も、悪い事をしていた自覚もある。

 それでも、だからこそ、少女に出来る事はただ1つ。


「ごめんなさい。本当にごめんなさい」

「シオちゃんには?」

「うるさくしてごめんなさい」


 亜麻色の髪の少女にまっすぐ向けられた惚れ惚れするほどの笑顔に、赤毛の少女は下げていた頭をもう1人の少女にも深々と頭を下げる。認めたくはないが、自分が悪いのは言うまでもない事実で、2人の少女が仕事をしていたのを知っているのだから。


「ユウちゃん?」

「だから、何で俺が悪いみたいになってんのさ」


 男は頭を撫でて来る手を払い、ふん、と鼻を鳴らす。

 うるさくされたから文句を言い、ケンカを売られたから買い、あげくの果てに殴られた。

 出る所に出ればそれなりの問題になるはず。もみ消されなければ。

 最低でも刑事犯罪に近い物であるはず。もみ消されなければ。


「ユウちゃんが悪いんじゃなくて、ユウちゃんとアヤちゃんが悪いのよ」

「ハッ、冗談じゃ――」

「秋ナスは嫁に食わすなって言うけれど、初夏のナスはどうなのかしらね」

「すいませんでした」


 嫁に来た覚えなんかない。その言葉を飲み下して男は2人に頭を下げる。

 やると言ったら本当にやる。それこそ、命を懸けてでも。

 そういう相手である以上、男に出来る事も1つしかなかった。

 男は身長に悩む少年であり、課題に追われる学生であり、会社勤めのサラリーマンでもある。

 そして、元テロリストでもある男の名前はユウリ・レッドフィールド、改め、不知火ユウリ。


 赤みがかった茶髪の少女、明神綾香。

 濡れ羽色の髪の少女、氏家詩織。

 亜麻色の髪の少女、艸楽彩雅。


 3人が所属するアイドルユニット、レインメイカーのボディガードだ。


「もうそんな雰囲気ではないし、休憩にしましょうか」

「というか、待たせ過ぎでしょ。ちょっと聞いて来ようか?」

「別にいいわよ。待ち疲れするほどやわではないし、この頃ずっと忙しかったし」

「あの暇だった日々が懐かしいよ。レコーディングとインストアとかマジで憂鬱なんだけど」


 彩雅のタブレットに羅列されるスケジュールに、ユウリは心底嫌そうに顔を歪める。

 インタビュー。撮影。インタビュー。打ち合わせ。エトセトラエトセトラ。

 表示されている仕事はそれだけだが、3人揃えばリハーサルと打ち合わせがあり、その他にもそれぞれに役割がある。

 綾香はダンスの振付、詩織は作詞とボーカルアレンジ、彩雅は作編曲と総合プロデュース。

綾香はスポーツ系のイベント、彩雅に至っては多方面との打ち合わせや、個人で行っているモデル業の撮影もあり、ついて行くユウリも楽ではない。


「腑抜けたこと言ってんじゃないわよ。これからどんどんライブイベントとか入るってのに」

「え、マジで?」

「マジよ。ライブハウスとかのブッキングイベントとか、出れるのはマイナーな今だけだと思うから」


 綾香の言葉にユウリは肩を落とす。

 これまでは最低限プライバシーや安全が確保できる場所で活動を行っていたが、これからはそういう訳にもいかない。(チェン)大文(ダーウェン)をはじめとした明神が何らかのフォローを入れるだろうが、護衛という任務はこれまで以上に難しくなるだろう。

 しかし、表情を暗くしているのはユウリだけではなかった。


「私は、正直心配です」

「心配なのは、踏んだ場数の違いかしら?」

「それも、ですが……」


 彩雅の問いかけに詩織はサンプルとして渡された週刊誌に視線を向ける。

 所属レコード会社の母体となっている企業の大きさ、アイドルブームの最先端に居るジョーカーの発言から生まれた重い期待。音源を出すだけで、ファッションモデルをやっている彩雅以外は人前に姿を現す事もなかったレインメイカーは、30分にも満たないライブでその期待を上回る結果を残して見せた。

 だがそれでも、心無い雑誌はレインメイカーを親の七光り集団と揶揄したり、詩織とゴーストライターとの密談を匂わせるような記事の書き方をしていたのだ。


 家柄にふさわしく、強くあろうとする綾香。元々ファッションモデルとして活動していた彩雅。

 その一方で、詩織はライブと撮影以外で人前に出る事はほとんどない。

 というのも、作詞を行う詩織にはミステリアスな神秘性を持っていて欲しい彩雅による演出だ。

 対人恐怖症気味な詩織としては渡りに船の提案だったが、そんな2人からすれば自分など、と詩織が考えてしまうのも無理はない。


 だというのに、彩雅は詩織に何も言わない。


 親の力を利用しているは事実だが、力を利用するために全員が努力を重ねたのも事実。

 氏家の制作能力を利用するために、誰の力も借りずにデモ音源を3人だけで作った。

 艸楽のマーケティング能力を利用するために、コストや効果をシミュレートした宣伝のプランをいくつも用意した。

 そして最後に、明神に資金を投資をさせるために総合的な企画と利益を保証した返済プランを提示した。

 その結果、いくつかはプロの手を借りる事になったが、レインメイカーはセルフプロデュースでの活動を行えるようになった。


 つまり、何も言う必要はないのだ。


 3家の名前を並べるだけの記事も、詩織に対する事実無根の記事も、それしか書く事が出来ないだけなのだから。

 親しいからという理由で居座れるほど、レインメイカーは気安い居場所ではないのだから。

 クオリティで相手を屈服させる自信があるからこそ、艸楽彩雅はゴシップを利用してネガティヴキャンペーンを行っているのだから。

 少なくとも、芸能記事というのは事務所の許可がないと書けず、むやみやたらにケンカを売るには3家は大きすぎて、艸楽彩雅という女は可愛い妹分達を無意味に傷つける存在を許したりはしない。


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