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レインメイカー  作者: J.Doe
クラウディ・サンデー
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意気衝天のストレングス 1

 梅雨前の陽気が差し込む1室。規則性を持ってられた席には、揃いのブレザー姿の少年少女達が着いている。

 少年少女達の視線は教壇に、正確にはその傍らに立つ人物に集まっていた。

 塗り潰したような黒髪。眠そうに半分閉じられた目から覗く琥珀色の瞳。左手に嵌められた黒革の手袋。いくつもピアスが付けられた耳。日焼けしているやや浅黒い肌。どこか中性的で筋の通った顔立ち。

 何もかもを上等なもので纏められた教室にはあまりにも異質な存在に私語を始めた生徒達を黙らせるように、黒いスカートスーツを纏う黒髪の女教師は1つ咳ばらいをした。


「今日からこのクラスに新しいお友達が加わりました。転校生、自己紹介を」


 贅肉を極限までそぎ落とし、旨味さえ失ったような無味乾燥の言葉。それ故に愚直な言葉に促され、異質な編入生は意図的に段下の生徒達を見渡す。

 値踏みするような視線には辟易としてしまうが、小奇麗に着飾っている女子生徒達の耳にもピアスはなく、男女計40人ほどのクラスの中に東欧系の顔も居ない。自分の美しさを理解していればこそ、少年はその不快感を受け入れるしかない。


 琥珀色の瞳は見つけてしまったのだ。

 窓際の席から睨みつけてくる唯一の存在を。


(アララギ)先生よりご紹介に上がりました不知火(シラヌイ)ユウリです。海外暮らしが長くて常識に欠ける事をするかもしれないけど、まあなんか、テキトウにお願いね」


 整った顔立ちに浮かべられた笑顔に女子生徒達は頬を赤らめ、男子生徒達はどこか狙ったようなその笑みに顔を引きつらせる。

 ただ、赤みがかった髪の少女だけは、編入生の琥珀色の瞳を睨みつけていたのだ。


 ●


 黒いブレザーのセットアップ、白いワイシャツ、2年生を意味する赤のネクタイ。

 学生服を着崩したユウリは買い与えられた携帯電話を片手に高等部校舎の廊下を歩いていた。

 黒から赤に変わっていくグラデーションのケースに収められているのは携帯電話(スマートフォン)。ユウリが過ごしてきた紛争地帯ではなかなか触れる機会のなかった最新技術、工作で触れてきた電装系統とは何かもが違う最先端だ。

 説明書を見るしかない、とユウリは電源を切った携帯電話を手で玩ぶ。

 閉鎖的な日本人の気質と突然湧いた不穏分子への怯え。その合わせ技のせいか、遠目からぶしつけな視線を向けられる事はあっても、ユウリに近づいてくる人間は居らず、使い方を聞ける相手は居そうになかった。

 それでいい、とユウリは都合の良さと居心地の悪さを噛み殺すように深いため息をつく。


 私立星霜(セイソウ)学園。学部を上がる度に試験が行われるが、基本的には小等部から大学部まであるエスカレーター式の学園であり、選ばれた1部の人間しか入れない特殊な学校だった。

 どうしてそんな学園にユウリが潜入でき、不知火と名前を変えられたのか。


 その理由は星霜学園と明神グループの繋がりにあった。


 明神(アケガミ)ホールディングス株式会社が所有し、氏家(ウジイエ)書房の文部科学省承認の教科書を使い、艸楽(サガラ)貿易株式会社の物資提供を受けている。そんな星霜学園に子供1人を潜り込ませるなど、この広い地球でユウリを見つけ出した陳には容易いのだろう。

 フロアの端に置かれた自販機の前で足を止めたユウリは、コイン投入口の横にあるセンサーに携帯電話を押し当てる。すると自販機はシグナルを鳴らし、ボタンのランプに光を点らせる。


「なんていうか、まいったな」


 技術の進歩について行けていない自分に苦笑しつつ、ユウリは既視感のあるパッケージの缶コーヒーのボタンを押す。タバコを吹かしている男のパッケージは大きく変わった様子はない。

 取り出し口に手を伸ばしたユウリは、ふと視線を感じて来た道へと視線を向ける。

 編入以来向けられていた好奇や恐れとは違う、敵意に似て非なる鋭い視線。

 鋭い眼光でユウリを睨みつけていたのは、クラスメイトである赤毛の女子だった。


「アンタが不知火ね?」

「アンタが明神(アケガミ)綾香(アヤカ)だね?」


 敵対心と猜疑心を露わにする綾香に、ユウリは意趣返しのように問い返す。

 赤みがかったショートカットの髪。活発さを感じさせる顔つき。白いシャツの胸元に赤いリボンを飾るブレザーとスカートの制服を纏うスラリとした体躯。


 その女子生徒こそ、ユウリの護衛対象の1人である明神綾香だった。


「陳から話は聞いてるわ。アンタがアタシ達の護衛だって事も、アンタが対テロリスト専門の傭兵だって事も」


 質問に答える気はないと言わんばかりの綾香の言葉に、ユウリは陳の無駄な仕事振りに嘆息を漏らす。

 確かにテロリストという身分を明かせば、ユウリが依頼を果たせなくなるという考えはもっともだ。しかし綾香のユウリを見詰める視線は険しいものであり、対象が自分に対して良い感情を持っていないのは明らか。仕方ないとはいえ、偽りの名前も身分も綾香の猜疑心を刺激するだけだった。

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