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レインメイカー  作者: J.Doe
クラウディ・サンデー
38/131

見当違いのサルヴェージ 3

「どういう状況だよ、マジにさ」


 暗幕1枚を隔てた向こう側とは裏腹に真っ暗な舞台袖。

 熱気と歓声と楽曲が交じり合うそこで、黒革の手袋の手で黒いセルフレームの伊達眼鏡を押し上げながらユウリは毒づく。


 落ち着かないとばかりにシャドウボクシングを始めた綾香は、活動的な印象を与える赤のラインが走る衣服を。

 極度の緊張から自分の肩を抱き締める詩織は、2人と比べて比較的ヒラヒラとした青のラインが走る衣服を。

 その詩織の背を擦る事で緊張を誤魔化す彩雅は、挑発的なほどに露出度の高い緑のラインが走る衣服を。


 琥珀色の双眸の先には主体となるモノクロとそれぞれのパーソナルカラーの衣装に身を包む3人が居た。


「仕方ないでしょ。学業を優先させてるから仕事を選り好みしなきゃならないし、ライブイベントだってお披露目のを除けば初めてなん、だから!」

「それでCDを売るって、トライトーンのエージェント優秀すぎでしょ……」


 ボクシングであってはいけない回し蹴り、スパッツを履いているとはいえスカートをはいている女子の行いとは思えないその切れ味を見つつ、思い出したチャートの数字にユウリは深いため息をつく。

 音楽が売れづらい世の中だとニュースで騒がれる時勢を考えれば、レインメイカーの実績とCDの売れ行きの剥離振りは相当なもの。とてもではないが、ユウリにそのエージェントの真似事など出来るはずもない。


 しかし、とユウリは一言も喋ろうともしない詩織に視線を向ける。

 長めの前髪は青みがかった黒瞳を露わにするように分けられ、僅かに化粧を施された端正な顔の唇はかすかに震えている。

 見る限り1番緊張しているのは詩織だが、2人も決して緊張していないわけではない。人前に出る事は慣れているはずの彩雅でさえ、2人の不安定なメンタリティの影響を受け始めている。

 浮き足立っているだけというにはひどい状況に、ユウリが嘆きたくなるのも無理はなかった。


 だからだろうか、ユウリの意思とは裏腹に薄い唇が開かれたのは。


「ハッキリ言えばさ、アイドルなんか興味ないんだよね」


 反射的に口をついた自分の言葉に驚きつつ、ユウリは突き刺さるような3対の視線に肩を竦める。

 握っていた拳をより固く握った綾香は怒りのあまり黙り込み、俯いていた詩織は顔を信じられないとばかりにユウリを見上げ、その詩織の肩を抱く彩雅は咎めるように眉間に皺を寄せている。

 突きつけられている負の感情をひしひしと感じていながらも、ユウリは言葉をとめることが出来なかった。


「音楽だって比較的古くて頭悪そうなのしか聴かないし、正直"こんな仕事"でもしなきゃアイドルの歌なんて一生聴かなかったと思う。愛だの恋だの歌われても俺の心は動かないし、そんなんで動かされるのも気に入らない」

「アンタ――」


 ビートルズだって内輪揉めで解散したし、と付け足してユウリは衝動的に掴み掛かってくる綾香の手をいなす。

 緊張している詩織を追い詰めるような真似をした事も、ケンカを売るような真似をした事も悪いと思う。それでもそんな事をしてしまった理由はユウリにも分からないのだ。


 明神、氏家、艸楽。レインメイカーの活動にその3家の力の影響があるのは間違いない。だが彩雅のカリスマと作品のクオリティ、そして追従するように磨いた2人の才能がなければ、アイドル活動が許される事もなかったのも間違いない。

 "誰かを認めさせる難しさ"を知っているからこそ、ユウリには3人を侮辱する事など出来るはずもないのに。


 だからこそ、ユウリが継げる言葉は本心からのものだった。


「だから見せてよ。レインメイカーがどれだけ凄いのか、俺が守るアンタらが本物なんだってさ」


 そんなユウリの言葉をきっかけのように、張り詰めて刺々しくなっていた雰囲気が途端に弛緩していく。

 綾香は硬く握っていた拳を解きほぐして、詩織はポカンと小さな口を開き、彩雅はクスクスと口元を隠して笑っていた。

 要約するのなら、"最高のライブを見せて、レインメイカーを好きにならせて"。

 その意図を理解してしまえば、不器用ないじらしさに怒りが無残していくのは当然だった。


「アンタのケンカ買ったから、しっかりアタシ達を見てなさいよ。ユウリ」


 遠くから呼びかけてくるスタッフに手を振って応えながら、綾香は面白いと言わんばかりに口角を歪める。

 実力を持って力ずくで全ての障害を粉砕してきた綾香。剛毅で好戦的な才女には、ユウリの言葉は挑戦状として受け取ったのだ。

 そして綾香は黒革の手袋をしていない右手を上げさせて、自らの右手を一気に振りぬく。風を切った右手は渇いた音を立ててユウリの右手を打つ。

 ハイタッチというには暴力的なそれはユウリに痛みと痺れを与えるも、当の本人は満足したように微笑んで、向かいの袖にはけていくアイドル達と代わるように幕を降ろされたステージへと上がっていく。


「ユウリさんは、本当にお優しいんですね」


 絶望寸前まで叩き落されたような先ほどまでの表情とは打って変わり、詩織はそう言ってクスリと笑みをこぼして、上げられたままのユウリの手の平をやわらかく撫でていく。いつの間にか変わっている呼び名に困惑するユウリを余所に。

 棘のあった言葉は、丸めていた背中を理不尽に突き飛ばすのではなく、詩織達の夢を後押しするものだった。

 思い返せば、詩織に向けられたユウリの言葉はいつも厳しく、それでいて遠くから見守るようなものだったのだから。


「本当に、ユウちゃんは不器用なんだから」


 そう言って緩めていたネクタイを直すなりステージへと向かう彩雅の言葉に、ユウリは心外だとばかりに顔を顰める。

 潜入工作を得意とする自分は器用な分類の人間であり、ずっとそう思っていたと言わんばかりの彩雅の言葉がどうにも受け入れられなかった。ユウリからすれば、不器用なのは楽しみにしていたライブにすら戦々恐々としていた3人なのだから。

 しかしその3人は意気揚々とステージに上がり、綾香を中心にするようにフォーメーションを組んでいる。

 ユウリの立場から言うのなら、レインメイカーのライブは失敗してもらうのがベストだったはず。ライブの失敗が続けばレインメイカーの人気は失われ、イベントなどで無闇に人前に姿を晒す事もなくなるのだから。


 だというのに、ユウリの3人の背を突き飛ばすように口を開いていた。


 3人の在り様に中てられたのか、それとも心からそう望んだのかは分からない。

 それでも、見送ったステージへ向かう3人の背を見送ったユウリは、確かに報われたような気がしていたのだから。

 痛みと痺れを誤魔化すように右手を振りながら、ユウリはステージに背を向けて舞台裏を歩いていく。

 向かう先は大道具などが押し込まれているバックスペース。内密に誰かと会うには都合が良すぎる場所だ。

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