見当違いのサルヴェージ 2
「そういえば、本番中って俺はどこに居ればいいの?」
「見てて、くれないんですか?」
「そりゃ見れるもんなら見てみたいけど、マネージャーって裏で関係者に媚売ったりするもんなんじゃないの?」
途端に沈痛な面持ちを浮かべる詩織に、ユウリはあやふやなマネージャーのイメージを口にする。
次の仕事に繋がるように関係者と話をして、もらった仕事とスケジュールを照らし合わせて、マネージメントしているタレントを現場から現場へと連れて行く。個々の仕事の付き添いこそしているものの、レインメイカーのライブイベントに付き添ったユウリはそれ以上のイメージがつかめないでいた。
もっとも、星霜学園の学生とトライトーンレコードの社員という2つの顔を持っているユウリであっても、車の免許証までは持てていないので自分のイメージに沿う事が出来ていないのだが。
「営業とかは専属の人がトライトーンに居るから心配しなくていいわ」
「そうよ。アンタはリハも見てないんだから、本番のアタシ達を見てせいぜいビックリしなさい」
綾香と彩雅はそう言って詩織をユウリの隣の椅子に座らせる。学生レベルの社会経験の有無すら怪しいユウリに特殊な仕事を任せるわけがない。
何より、あからさまに消沈した妹分の様子も見るに耐えず、そして2人は理解させておきたかったのだ。
「見せてあげるわ。アンタが守るアタシ達がどういう存在なのか、レインメイカーがどれだけ凄いアイドルなのか」
「楽しみにしてるよ」
自分との差を知らしめるという訳でもなく、純然たる自信に満ちた綾香の言葉にユウリは頬を僅かに緩ませる。
得意げな笑みを浮かべる綾香。安堵したとばかりに胸の前で手を組む詩織。そんな2人に優しげな視線を送る彩雅。
家や立場も関係なく、この後のライブを心から楽しみにしているだろうその様子を見せられてしまえば、ユウリは抱いている劣等感ですら些細なもののように思えた。
「ところで、この包み紙は何なのかしら?」
「なんかテーブルにお菓子が置いてあったからさ、食べちゃった」
「……全部?」
「全部、それなりだったね」
テーブルの上に散乱していた菓子の包み紙を手に取った彩雅は、何でもないように返されたユウリの言葉に顔を引きつらせる。
その彩雅の様子にユウリは首を傾げ、綾香と詩織はさりげなく2人から距離を取るように離れていく。
2人にとっての姉貴分、それ以外の他者にとっての絵に描いたような完璧な淑女である艸楽彩雅。どれだけの苦境に立たされても、ただひたむきに研鑽を重ねてきた彩雅であっても何もかもに対して無関心で居るわけではない。綾香と詩織は悪い事をすれば叱られ、何が悪かったのか理解するまでしっとりとした説教は続く。
それは声を荒げられるよりもある意味で恐ろしい事は、2人ともよく理解しているのだ。
「……お姉ちゃん悲しいわ。ユウちゃんはもっと思いやりのある子だと思っていたのだけど」
「な、何をする気さ」
静かに歩み寄り、しなだれかかるように背後から腕を回してきた彩雅に、今度はユウリが顔を引きつらせる。
抱き締められているような姿勢のせいか、ユウリの体は不思議な脱力感に支配されていく。
だというのに、彩雅の華奢な腕はユウリをやんわりと掴んだまま離そうとはしない。
包み紙に書かれている文字はレモンケーキ、数少ない彩雅の好物だったのだ。
「言ったじゃない――人類が生まれてから積み重ねてきた業の全てを追体験させるって」
「なにそれ超こわ――」
首を締め上げる痛くも苦しくもない、どことなく気持ちの悪いチョークスリーパーに、ユウリは胸中の安堵を誤魔化すように黒革の手袋を嵌めた左手でタップする。
包み紙から漂っていたレモンとは違う"香り"に、誰も気づかなかった事にただ安堵しながら。




