見当違いのサルヴェージ 1
色とりどりの照明が飾り立てるステージで、華やかとは言い難いジャージに身を包んだ3人の少女が照らし出されていた。
明暗がハッキリと分かれたその空間には電子音が鳴り響き、シンセドラムのビートに合わせるように少女達の体が躍動する。
しなやかに、それでいて大胆に。使い古された常套句でさえ、少女達を表すには陳腐なようだった。
やがて乗せられる3つの歌声。力強さを、清廉さを、おおらかさを。そんな印象すら感じさせるそれぞれの歌声がメロディを紡ぐも、彩雅が手を挙げてオケを止めさせる。
『バランスどうですかね。若干尖っているように聞こえるかもしれませんけど、人の吸音性を考えたらこの感じがベストかと。外音は指定通りのレンジで出せてると思います』
『同感です。モニターも照明も上等だとワタシは思うのだけれど、2人は?』
ミキサーのスタッフの言葉に答えながら彩雅は2人に向き直り、2人は大丈夫だとばかりに頷いてみせる。彩雅が作ったオケの精度は高く、イヤーモニターの不慣れな感覚を除けば不和感などある訳もなかった。
『大丈夫みたいなのでリハはここまでとさせてください。レインメイカー、本番もよろしくお願いします』
ミキサーのスタッフに向き直り、彩雅の言葉を切っ掛けのように3人は頭を下げて、接続の切れたインカムの電源を切りながらそそくさと舞台袖にはけて行く。
コンディションは良好、スタッフも優秀で照明と音響も理想に近い。
だというのに、彩雅の口からは嘆息が漏れた。
舞台袖にも見えないマネージャーの存在が、どうにも不安を駆り立ててくるようだったのだ。
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「お疲れさん。随分早かったね」
「早かったね、じゃないわよ。マネージャーならリハくらい見てなさい」
楽屋の扉を開けて飛び込んできた背中に、綾香は嘆息混じりの言葉を吐き捨てる。
マネージャーのはずのユウリは楽屋の椅子に座ったままクリップで閉じられた書類に目を通しており、その姿はどこからどう見ても勤務中のマネージャーには見えなかったのだ。
「見に行こうとは思ってたんだけどね。ラブリエが衣装のアクセサリーを持ってきたから、艸楽のサインを偽造しておいたよ」
「2度としないでちょうだい。それで、問題はなさそう?」
「盗聴器やカメラは無し、スタッフリストにも怪しい名前は無い。まあ、そんなの保険にもならないけど」
ステージの様子が映されているテレビを顎でしゃくったユウリは、そう言って手にしていた資料を包み紙が散らばるテーブルに放る。それは共演者やスタッフの名前が羅列されたリストだった。
「関係者が怪しいってこと?」
「というよりは誰も彼もが怪しい……誰が流行りの男装系アイドルだ」
「根に持ってんじゃないわよ……」
ポツリと呟くように付け足されたユウリの言葉に、綾香はあきれたように額に手を添える。
レインメイカーとユウリは楽屋入り後に主催者の所に挨拶に行ったのだが、その際にユウリは性別を間違えられた上に、"出番を待ちきれずに衣装を着ている出演者"だと思われたのだ。
黒で塗りつぶした髪。スマートなシルエットのスーツ、左手だけに嵌められた黒革の手袋。日本人とは違うルーツを感じさせる筋の通った顔立ち。
それらから出演する側だと間違われるのは甘んじて受け入れる。だが、スーツまで着こんでいるというのに、女に間違われた事がユウリには不愉快だったのだ。
「それだけその髪とスーツが似合ってるって事よ。お姉ちゃんも鼻が高いわ」
「……そりゃどうも」
不満そうに唇を尖らせていたユウリは、話題を変えるような彩雅の問い掛けにそっぽを向いて答える。
自分でも気に入っている髪色とスマートなシルエットのスタイリッシュなブラックスーツ。ユウリの細めの体躯を飾り立てるそれは、先日キュリエオシティ・キラーで購入したもの。その上等さは袖を通している本人が1番分かっているのか、その態度は満更でもなさそうなものだった。
「話を戻すけど、本当に早かったね。音とかは大丈夫なの?」
「大丈夫よ。リハが早く終えられたのは良質な素材を優秀なスタッフに適切に扱ってもらえたから。今日は共演者も多いし、ワタシ達みたいな新人は時間をあまり取らせない方がいいと思って」
だから心配なのだ、とユウリはスーツと同じ黒のネクタイを無造作に緩める。
共演者が多いと言う事は不特定多数の人間達がプライベートエリアに居ると言う事であり、敵対者が3人に容易く接近できると言う事。
名前と見た目を変える事でテロリスト狩りをしていたユウリが警戒してしまうのも無理はないだろう。
考えすぎで終わる分には問題ないが、考えが足りずに問題を処理できないのは最悪なのだから。




