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レインメイカー  作者: J.Doe
クラウディ・サンデー
35/131

ないものねだりのストレンジ 7

「もうそろそろいいわね。流すからバスタブの方に頭をやってちょうだい」


 考えに耽っていたユウリの頭からラップを剥がして彩雅はシャワーを手に取る。

 バスタブの縁に体を預けたユウリは背後から掛けられるお湯に目を閉じる。

 華奢な指とお湯で髪をかき回される感覚、薬剤の匂いがたちまち鼻腔をくすぐられユウリは僅かに顔を顰める。紛争地帯で使っていた染料と比べればずっと上等なものだが、それでも毛染めの薬剤の匂いは好きになれそうにない。

 ケープ越しに肩を引かれるままにユウリが顔を上げると、今度はタオルを持っていた綾香が乱暴に濡れた髪を拭く。


 だから、猪なんだよ、とユウリは力ずくな綾香のやり方に文句をつけようとする。だがバカ(ぢから)で振り回される頭はそれどころではなく、ユウリはなされるがまま頭を揺さぶられて胸中で毒づく事しか出来ない。

 そして真っ白なタオルの視界と頭をこねくり回すバカ(ぢから)から解放されたユウリは、若干目が回るのを堪えてバスルームの鏡と向き合う。


 ややぼやける視界、富んだ水滴を垂らす鏡。その中で見えたのは、根元の金から毛先の黒へ変化していくグラデーションだった。


「その内切らないといけないけれど、一応これで完成。これなら金色も好きになれるでしょう?」

「……うん、ありがとう」


 どこか自慢げに体を寄せて来る彩雅にユウリは、水気を吸って束になっている髪に目を奪われながらも無意識に礼を言う。

 金から黒へと変わるその色合い、ケープの中の手に握らされたカードキー。まるでそれが唯一のものであるような気がして、ユウリはたまらなく嬉しかった。


 ●


「それで、どういうつもりなのでしょうか」


 教室やカフェテリアと違い、どこか狭苦しい印象を受ける生徒指導室でユウリは口角をヒクつかせる(アララギ)と相対していた。

 淡々と紡がれた言葉は獰猛な怒りを内包し、、表情はいつにも増して無感情。そこから察せられる呼び出しの理由など、1つしかない。

 分かっているからこそ、ユウリは当然のように告げる。


「言ってませんでしたっけ、地毛はブロンドなんですよ」

「地毛の色が派手という理由で呼び出しはしませんし、黒に染髪していた事も別に構いません。問題は華美な頭髪のアレンジです」


 明らかに手が加えられている頭髪を睨みつけながら、蘭はただただ深いため息をつく。

 終わってはいないものの、順調に進んでいる課題は知っている。見た目とは裏腹に、分からないなりに真面目に授業を受けているのも知っている。だからと言って全てを見逃す事は流石に出来ないのだ。


「あなたに事情があるのは分かっていますが、私はあなたを特別扱いするつもりはありませんよ」

「こっちだって先生にご迷惑を掛けるつもりはありませんよ。放っておいてくれれば――」

「それは出来ない相談です。私はあなたを特別扱いせず、他の皆と同じようにあなたもしっかりと卒業させるつもりなのですから」


 言葉を遮られたユウリは予想外の蘭の言葉、加えて乱暴に顔面を捕えて自分へと向き直らせる手に言葉を失ってしまう。

 体は不思議な脱力感に囚われ、どこかの誰か(アヤカ)を髣髴させる乱暴から逃れる事も出来ない。

 それを知ってか知らずか、蘭は琥珀色の瞳を覗きこむようにして口を開く。


「話せない事情があるなら話さないでください。その代わり、しっかりと人と向き合って話せるようになって下さい。先生にあなたを信用させてください」


 優しさと厳しさを湛えるような、突き放すようで見守っているような。

 向けられた理解しがたい感情に抗うように、不思議な脱力感と冷たい不快感を振り払うようにユウリはポツリと呟く。


「先生、化粧ヘッタクソっすね」

「……言いましたね、言ってはならない事を言いましたね」


 段々と力が入っていく蘭の指先、ミシミシと軋みを挙げる自分の頭蓋骨。

 他に選択肢がなかったとはいえ、他に言える言葉かなかったのだろうか。

 薄化粧で美しく整えている顔を歪ませる蘭を指の間から眺めながら、ユウリは自分のバカさ加減を胸中でただ嘆いていた。

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