ないものねだりのストレンジ 6
詩織と彩雅が選んでくれたシャツ、彩雅が誘導して綾香に選ばせた仕事用のネクタイ、自分で見つけたスケータースニーカー。
艸楽の家が立て替えてくれたそれらとはデザインの質が違うケープを纏い、ユウリは自室に備え付けられたバスルームで鏡を背に椅子に座っていた。
正面には携帯電話でメールを確認している綾香。待ちきれないとばかりにソワソワしている詩織。そして薬剤が纏わりつくユウリの髪を手袋を嵌めた手でつまむ彩雅が居た。
「それにしても、アンタ本当に何でも出来るんだね」
「そりゃそうよ。ワタシはお姉ちゃんなんだから」
「姉代わりってのは下の奴らの髪もいじらなきゃならないわけ?」
その中に入れられているのはではないか。そんな嫌な予感を胸中で玩びつつ、ユウリはあきれたように口角を歪める。
彩雅が努力を厭わない天才だというのはなんとなく理解していたが、専門技術まで習得しているというのはハッキリ言って異常だ。気味の悪さすらユウリは感じていた。
いうなれば、誰かが描いた完全。まるで作られているような、そう在るために居るような。
「それは義務ではなく特権よ――それはそうと、今回の事でよく分かったけど、ワタシ達はユウちゃんの事を知らなさ過ぎると思うのよ」
「不知火ユウリ、豊島区出身の17歳。血液型はB型で誕生日はホワイトデー。前もある程度は話したけど、これで満足?」
「教えてくれたのは嬉しいけど、知りたい事はそれだけじゃないのよ。好きな食べ物とか、好きなバンドとか。お給料の事はお姉ちゃんが話を付けられるけど、ユウちゃんの事はユウちゃんが教えてくれなきゃ何も分からないじゃない」
「はい?」
ユウリの頭のラップを剥がしながら言う彩雅に、ユウリは拍子抜けしたように問い返してしまう。
紛争地帯で行っていた活動、テロリスト殺しのテロリスト、陳に提示された"報酬"。
知られてはいけない事が多すぎるユウリには、彩雅の心配は想定外のものでしかなかったのだ。
しかし詩織は困惑するユウリと俯く自信の視線とは裏腹に、意欲的な右手を上げていた。
「あの、好きな食べ物と嫌いな食べ物は?」
「嫌いなのはナスで……好きなのはミルクレープ。笑いたきゃ笑いなよ」
口元を押さえ、そっぽを向き、挙句の果てには肩を震わせている綾香にユウリは鼻息を鳴らす。
男の癖に甘いものが好きだから、ではなく、中性的なルックスに良く似合うと笑われているとも知らずに。
「ゴメンゴメン、なんか可愛くて。好きなバンドは?」
「モトリー・クルー」
「ハードロック、というかアメリカンロックが好きってこと?」
「まあね、あんまり物事を深く考えてないようなのが好きなんだ」
詫びるように両手を合わせる綾香にユウリは唇を尖らせる。機嫌を伺うように問い掛けてきた綾香だが、その目の奥には面白がっている感情が見受けられていたのだ。
未だどこか機嫌の悪そうなユウリの態度にバツの悪そうに頬をかく綾香。そんな妹分を諌めるように、立てた人差し指を突きつけて彩雅はユウリへと向き直る。
「じゃあ今度はお姉ちゃんの番ね――ユウリって珍しい名前よね。ユウリィなら聞いた事があるのだけど」
「それはロシアンとか外国籍の名前でしょ。こんな面だけど、俺も名付け親も日本人なんだって」
何度言わせる気だ、とケープに隠れた細い肩を竦める反面で、ユウリは次々と明らかになっていくおかしさに気付かされる。
なぜ、陳はユウリの情報を3人にまで秘匿しているのか。
不知火ではなく、レッドフィールドのユウリという人間の情報漏洩を恐れていたとしても、対処する事は容易く、明神側にはリスクはあってないようなもの。
いざとなればユウリごと、邪魔者の口を封じればいい。金であれ、暴力であれ。
だが本来であれば"ユウリ"が秘匿されていることによって、3人はボディガードに対して猜疑心を持つはずだった。傭兵という異質な存在であり、国籍という唯一の共通点さえ知らされていなかったのだから。
ならば、自分が3人にとってのウィークポイントになるというのか。
自分で考えた答えをユウリは馬鹿馬鹿しいと一笑に付す。陳がユウリの事をそう考えていたのなら、わざわざ自分を日本に連れてくる理由も、こうして3人の近くに置いている理由もないのだから。




