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レインメイカー  作者: J.Doe
クラウディ・サンデー
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ないものねだりのストレンジ 5

「さて、アヤちゃんとシオちゃんは先に自分の見てきなさい。ユウちゃんはお姉ちゃんと一緒に来なさい」

「え、一緒に見んの?」

「ええ。先にスーツのサイズ測ってもらってもいいけど、せめてシルエットが見えるような服に着替えないと無理だから」

「……分かったよ」


 元々彩雅が間違っている事を言うとは思っては居なかったが、突きつけられた正論と自分のこういったことへの慣れてなさを理解してしまえば、ユウリは従う事しか出来ない。

 目星をつけていた物へと一直線に向かう綾香とどこか名残惜しそうな詩織を見送って、ユウリはずらりと並んだ洋服達にため息をつく。

 今までは気にして居られるような状況でなかっただけで、決して服に興味がなかった訳ではない。それでも文字通り店が出来そうな数の衣服達にユウリは戸惑うのも無理はない。


 彩雅が独自に築き上げた人脈なのか、それとも家で用意した人脈なのかは分からないが、ユウリと3人の価値観を違うを見せ付けられるようだったのだ。


 少なくとも、ユウリにシースルーの服を着る趣味はないのだ。


「ユウちゃんユウちゃん、赤以外で好きな色ってある?」

「特にないけど、何で赤以外でなのさ」

「赤はシオちゃんが選ぶみたいだから。何でもいいならお姉ちゃんが選ぶわね」


 さりげなくシースルーの服を遠くに追いやってくれた彩雅に胸中で感謝し、残念そうに肩を落とす愛を視界から外す。同情してやらない事はないが、わざわざピエロになってやる必要もないのだ。

 やがて彩雅はめぼしい物があったのか、ブティックハンガーからシャツを取り出す。

 全体的にムラのある淡いブルーのデニム生地、シェルのような煌めくボタン。タイトなシルエットのデニムシャツ。久々に趣味に合いそうな服を前にするも、ユウリの顔はどこか不服そうに歪んでいた。

 そのシャツの前身頃が、右が上に重なるようになっていたのだ。


「このデニムシャツなんてどうかしら。ムラ感もサイズ感もユウちゃんにピッタリだと思うんだけど」

「格好良いとは思うし、ピッタリかもしれないけど、何で女物なのさ」

「ユウちゃんが細すぎなのよ。メンズでも探してはみるけど、多分レディースの方がサイズが合うのは多いんじゃないかしら。今度、お姉ちゃんのお古もあげるわよ」

「アンタのファンに殺されちゃうよ」


 気を遣ってくれたような彩雅の言葉にユウリは嘆息交じりに言葉を吐き出す。

 起伏は富んでいるが、基本的には痩身でユウリよりも長身な彩雅。大差のない体格のせいで彩雅の服を小さいとユウリには言えなかったのだ。

 数ある服の中、それも服の趣味嗜好すら分からないユウリの趣味に合うシャツを選んだ彩雅のセンスは間違いない。それを理解しているからこそ、ユウリの口をつく言葉は情けないものだった。


「そう言わないでもらってちょうだい。どっちにしても2人にあげるか捨てるしかないんだから」

「金持ちの癖にそんなケチ臭い事言わないでよ」

「お金があってもなくても、物を大事にしない人は総じてただのバカよ。お姉ちゃんのセンスを信じなさい」

「……疑った事なんてないさ」


 今のところはね、と負け惜しみのような言葉を付け足して、ユウリはデニムシャツを受け取る。その言葉が嬉しかったのか、満面の笑みを浮かべた彩雅はその背中を押して試着室らしい空簡にユウリを押し込む。

 僅かに神経がささくれ立っていくのを感じるが、ユウリは乱暴に埃臭いスウェットを脱ぎ捨てる事で紛らわそうとする。


 狭い場所に押し込められただけで、閉じ込められた訳ではない。


 言い聞かせるようにユウリが胸中で呟いた言葉を裏付けるように、黒いボトムを持った手が無遠慮に扉の隙間から差し込まれたのだから。


「あと、このボトムスも履いてみてちょうだい。シオちゃんが選ぶ感じのシャツにも合うと思うのよ」

「それはいいけど、何で俺のサイズ分かったわけ?」


 それも女性物でない事を祈りながら、ユウリはおそらくサイズが合うだろうボトムを広げる。

 特殊な裁断が入った真っ黒なモトデニム。それはメンズらしいシルエットでありながら、とても細身に作られていたのだ。


「この間のスーツ、あれは艸楽で用意したものなの」

「それでサイズを把握したってか。それならサイズ測る必要も、ここで発注する必要もないんじゃないの?」

「そんなのダメよ。ユウちゃんは成長期なんだし、弟分の服を選ぶのはお姉ちゃんの特権なんだから」


 もはやどこからの目線で喋っているのかのか分からない彩雅に、ユウリは返す言葉もなく、スウェットのボトムを脱いでモトデニムに履き替える。

 小手先で修羅場を乗り切るのは得意分野だが、口先で彩雅という才能の結晶に勝てるという自信などユウリにはなかった。

 現に、手渡されたモトデニムは多少のゆとりはあるものの、ピッタリだったのだから。


「どう、ピッタリだったでしょ?」

「流石にベルトは必要だけど、本当にピッタリだよ。ここまで来ると千里眼か何かみたいだね」

「何もそんなに難しい事はないわ。ユウちゃんとアヤちゃん、なんかサイズ感が似てるのよ――あと、こっちを先に着てみて」


 さりげない爆弾発言に落ち込む間もなく、ユウリは彩雅が差し出したシャツを受け取る。

 赤を主体にした黒いトーンオントーンチェック、肩の部分にスタッズが打ち込まれたネルシャツ。

 空港の金属探知機に引っ掛かりそうだ、と情緒のない事を考えながらユウリは安っぽいインナーの上にシャツを羽織る。

 幸運にも左の右路が前にくるそのシャツは、メンズでありながらユウリにも合うサイズ感だった。


「で、これでいいの?」


 片手でボタンを留めながら試着室の扉を開くユウリの姿に、彩雅は満足そうに微笑み、詩織はどこか熱に浮かされたように目を奪われる。

 左手の革手袋が浮いてはいるものの、纏っている全てがユウリのためにあつらえられたようにピッタリだったのだ。


「凄く、いいです」

「同感。シオちゃんの読み通り、金と黒が赤に映えていい感じだわ」


 胸の前で手を組んでうっとりと言う詩織と満足そうに微笑む彩雅。

 その真っ直ぐな賞賛を向けてくる2人に、ユウリは何か誤魔化すように肩を竦める。

 ルックスを褒められたのは初めてではないというのに、2人の賞賛がなぜかくすぐったくてたまらなかった。

 どこか暖かく、それでいてそこから生まれる冷たい不快感が。


「ねえユウリ、このパーカーはどう?」

「悪い冗談だと信じたいよ」


 マゼンタとマルーン。まるで毒をもった植物のような斑のパーカーを持つ綾香に、ユウリは反射的に答えてしまう。

 その背後でデザインした本人が苦笑いしているのだから。

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