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レインメイカー  作者: J.Doe
クラウディ・サンデー
32/131

ないものねだりのストレンジ 4

 通りから外れた代官山の路地。大人しめな外観とは裏腹にクラブのような飾り付けをされた室内で、ユウリはただただ呆然と立ち尽くしていた。

 どういった意図で置かれているのか分からない巨大な猫の頭蓋骨のオブジェ、色とりどりの衣服が掛けられたブティックハンガー。服屋に似て非なるキュリオシティ・キラーのサロンには、あからさまに不釣合いな存在が居たのだ。


 それは、見上げてしまうほどに巨大だった。


 身長が高いだけなら気にも留めなかった。だがその起伏に富んだ体は紛争地帯の戦場で出会って居てもおかしくないほどに、その存在はただただ巨大だったのだ。


「こんにちわ、ラブリエさん。急にすいませんね」

「こんにちわ、彩雅ちゃん。本当に急なんだから、焦っちゃったわよ」


 太く編みこんだパープルブラウンの長髪。鼻筋の通った中性的な顔立ち、180cm近い身長の体躯に纏うタイトなオーンプンカラージャケットとクラッシュデニム。加えてハスキーな声がユウリにラブリエと呼ばれている存在への困惑を深めていた。


「紹介するわユウちゃん、レインメイカーの衣装担当でお得意さんの(アイ)理恵(リエ)さん。キュリオシティ・キラーのデザイナー兼オーナーさんよ」

「……どうも、不知火ユウリです」


 (アイ)理恵(リエ)だからラブリエ。

 そんな渾名染みた愛の名前に困惑しながらも、ユウリは促されるままに自己紹介をする。今はまだ現場で顔を合わせては居ないが、マネージャーとして顔を合わせる機会がないとは言えない。現に彩雅が呼び出した艸楽の運転手、白井のユウリへの視線は険しいものだったのだから。

 オーバーサイズのスウェットと汚いツートンヘアが良い印象を与えているとは思えないが、それ以上の悪印象を与えるのだけはユウリも避けたかったのだ。


「どうもユウリ君。あなたは……ロシアン?」

日本人(ジャパニーズ)、そちらは中国人(チャイニーズ)で?」

「惜しい、帰化済みの中国系日本人の3世よ――でもダメじゃない。せっかく良い物持ってるんだからちゃんとしなきゃ。メンズの服なんて着るなんてもってのほかよ」

「……俺、男なんですけど」

「あら、そっちではお仲間だと思っていたのだけど」

「え」


 今までもされてきた性別の間違いにあきれていたユウリは、いまいち真意が分かりかねる愛のカミングアウトに言葉を失ってしまう。

 女だと思い込まれていたのか、異性の格好していると思い込まれていたのか。

 そして愛は女なのか、女になったのか。

 引っ掛かりはするものの、それを追求する事はユウリにはなぜか出来なかった。


「それで、とりあえずお願いされてたのはありったけ持ってきてもらったわ。大変だったのよ。メンズラインは縮小傾向にあるし、そもそもウチはサンプルセールなんてやらないんだから」

「ありがとうございます。あとこの子のスーツも注文したいんですけど」

艸楽(サガラ)様。お言葉ですが、スーツはサイズさえ合ってれば安物でいいんですけど」


 そう言って愛へ差し出すように背中を押してくる彩雅に、ユウリは慌てて待ったを掛ける。

 流されるままにここまで来てしまったが、陳に渡された財布には諭吉が3人居るだけ。とてもじゃないが私服とスーツの両方を買う事は出来ない。


「普段使いのはそれでいいかもしれないけど、勝負用のはここで作っておくべきよ。どうせアンタのサイズなんてそうそうないんだから」


 返す言葉もない綾香の正論に、ユウリはそこまで言うかとばかりに両手で顔を覆い、その寂しげな背中を詩織が無言で擦ってやる。

 明神が用意したスーツも標準的なLサイズほどだろうスウェットも異様に大きく見え、ユウリの体の小ささを強調するようであり、詩織には慰めの言葉も掛けられない。彩雅、綾香、愛、自分よりも身長が高い比較対象が多い事を考えれば無理もないだろう。


「なるほど、その子が新しいマネージャーって訳ね。話は聞いてたけど、本当に美人ね――あと、仕事中でもないんだから、というか私には敬語じゃなくていいわよ」

「そいつは、どうも」


 両手首を掴んで顔から両手を引き剥がされたユウリは、抵抗も出来ないまま正面に迫る愛の顔に愛想笑いを浮かべる。

 愛がイレギュラーな事態の中で出会ったイレギュラーな存在である事に間違いはない。単純にユウリが愛よりも腕力がない事も理由であっても。


「あ、あの……」

「あら、ごめんなさいね」


 ユウリのスウェットの裾を指先でつまむ詩織に、愛は意味深な微笑を浮かべてユウリから手を離す。

 普段なら綾香か彩雅の後ろに隠れている少女の必死な訴えが、愛には初々しく、そして可愛らしく感じられてしょうがなかった。

 もっとも、毛玉だらけのスウェットを纏う張本人は我関せずとばかりにそっぽを向いているのだが。

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