ないものねだりのストレンジ 2
「それで、どういう事よ」
口内に広がるベーコンの塩気と卵のまろやかな口当たり。
彩雅特製女子力高めのベネディクトを堪能した綾香は、フォークとナイフを置いて問い掛ける。
隣に座る少年の髪には半ばから根元に掛けて金色が居座っており、オーバーサイズなスウェットと相まってヤンキーのようにしか見えなかった。
「金髪は目立つから黒く染めてた。それだけの話だけど」
「前から、そうされていたんですか?」
「生憎、金髪が多い場所には縁がなくてね。こんな色の髪の美少年なんて目立ってしょうがないでしょ」
ナプキンで口元を拭いていた詩織の問い掛けに、ユウリはナイフとフォークを持ったまま肩を竦める。刃先が隣の綾香に向かないように気を遣ってはいるものの、その無作法なありようのせいでマナー講座が近々行われる事になる事も知らずに。
「それにしても、随分サイズが合ってないスウェットね――まるで、"他の人に合わせた"みたいに」
彩雅の完璧な微笑と細められた目にユウリはつい目を逸らしてしまう。
その口角は引きつり、額には脂汗が浮き、しまいには吹けない口笛を吹こうとでもしそうなその態度はあまりにもあからさま過ぎた。
「ユウちゃん、今ならお姉ちゃん怒らないから正直に話しなさい。というか正直に話さないなら、話したくなるようにするわよ」
「な、何をする気さ、紛争地帯帰りの俺をどうにか出来るとでも?」
「別に大したことではないけれど――人類が生まれてから積み重ねてきた業の全てを追体験させるわ」
「なにそれ超怖い!?」
張り付けた虚勢すら一瞬で吹き飛ぶ彩雅の言葉に、ユウリは思わず声を張り上げてしまう。
その美しい顔に浮かべられているのはいつもの完璧な微笑みだというのに、紡がれた言葉はまるで死刑を言い渡す裁判官のようだった。
「……出るのね、彩雅姉のマインド・カーネイジが」
「少なくとも、アンタが作詞に参加出来ない理由は分かったよ」
唾を飲んでもっともらしく言う綾香にユウリはがっくりと肩を落とす。
綾香が口にした名前はあまりにもセンスが悪いというのに、彩雅が向けてくる恐怖にも似た何かはユウリに悪寒すら感じさせていた。既に1度経験があるのか、綾香の怯え方はセンスの悪い名前とは裏腹に真に迫ったものだったのだ。
「……分かった、言うよ。学校のそばにある家のベランダから借りてきた」
観念したように吐き出されたユウリの言葉に、彩雅はただただ深いため息をついてしまう。
ユウリが非合法な手段を取ったのは許される事ではないが、そのユウリに非合法な手段を取らせてしまったのは誰か。
らしくない明神の失態に彩雅は抗議する事を決めた。
「仕方のない子ね。お姉ちゃんが洗濯しておいてあげるから、こっそり返してきなさい」
「そうは言うけどさ、これがなくなったら制服しかないんだよね」
「今までは、どうされていたんですか?」
毛玉だらけのスウェットを見せ付けるように両腕を広げるユウリに、詩織は不思議そうに首を傾げて問い掛ける。
星霜学園の制服を目立つと危惧していたというのに、ろくな私服を持っていないというのはつじつまが合わないように感じたのだ。
「別にどうもしてないよ。相手の家にさえ入れば、服着てる時間のほうが短かったし」
聴き慣れない音がリビングに響き渡ったのが先か、ユウリが後頭部に痛みを感じたのが先か。
なんでもないように返されたユウリの答えに、詩織は顔を一気に紅潮させ、綾香はノータイムで手を振りぬいていた。
「ゴメン、無意識」
「……絶対嘘だし、嘘じゃなきゃムチャクチャ怖いし、すっごい痛ぇし……なんか痒くなってきたし!」
痛みから痒みに変わってきた後頭部の感覚に、ユウリはナイフとフォークを置いて手を伸ばそうとする。だがテーブルの対面から手を伸ばしてきた彩雅に両手を捕らわれてしまう。
頭皮へのダメージを気にしてというよりは、地毛の色が気になっているだけのよう。現に彩雅の視線は若干涙目で抵抗するユウリではなく、染料の黒に映える金色に注がれていた。




