咬牙切歯のフェイスレス 3
「だったら何さ。アンタらが敵じゃないなんて納得した訳じゃないし、万が一請けたとしても俺の"近くに居る"事で死ぬかもしれないし、大事なご主人様をぶち殺すかもしれないよ?」
「いいや、お前は絶対にしない。理解してるはずだ。1人で動き続ける事を限界を、財力というお前では手に入れられない最強の力を。何より、これ以上に敬一郎様に近づけるチャンスは2度とないのだから」
どこまでも手の平で踊らされているような不快感にユウリは舌打ちをする。
視界の端には炎に照らされたスコープが煌めき、その銃口が自分に向けられているのは考えるまでもない。
「改めて条件を提示しよう。明神はお前の日本での生活を保障、報酬の他にあの事件の真実についての全ての情報を手に入れる。その代わり、お前はそいつらを含める敵対者から対象を守る。不本意ではあるが、断れてしまえばお前を殺すしかなくなるが」
「殺しに来た訳じゃないんじゃなかったっけ?」
「お前が断らなければ嘘にはならない。お前を殺す必要もない。これ以上の条件はどこの誰にも出せないし、出させない。これが正真正銘、最後のチャンスだ」
確かに、とユウリはライフルの銃口を陳に向けたまま、ジーンズのポケットから煙草を取り出す。
ただのテロリストでしかない自分を雇い、1人では手に入れる事が出来なかっただろう何もかもを与える。その上でターゲットの1人であった敬一郎の近くに行く事ができ、お互いがお互いを監視し合える状況に居られる。それは陳の言う通り、この上ない条件だ。
そして、ユウリはアサルトライフルを差し出した。
「……請けるよ、請けてやるよ。ただし護衛対象は人質だ。約束を破ったり、俺に何かしようとしたら全員ぶっ殺してやる」
「それでいい。が、煙草が苦手な方が居らしゃってな。遠慮してもらおうか」
そう言って陳は差し出されたアサルトライフルではなく、ユウリの手からタバコの箱を取り上げて炎の中下と投げ込む。鳥のシンボルが書かれた箱は炎に犯され、やがて細い煙が昇っていく。
興味本位から手に入れ、楽しみにしていた一服が消えて行く夜空を呆然と眺めていたユウリは、やがてゆっくりと頭を抱えてしゃがみこむ。南スーダンの郊外ではなかなか手に入らない上に、先ほど蹴り飛ばした死体の男から隠し通した貴重な数本。それが炎に消えてしまったとあれば、ユウリが落ち込んでしまうのも無理はないだろう。
「……それで、護衛対象は誰なのさクソッタレ」
「コーラでくらいなら奢ってやる――お前に任せたい護衛対象は3人だ」
怒る気力すらないユウリはついには地面に座り込んで問い掛ける。元々限界が近かった体には人生の伴侶を失ったショックについていけそうになかった。
そんなユウリに携帯電話を手渡しながら陳は肩を叩く。つい数分前に虐殺を行った少年の落ち込んだ様は、シュールというより他なかったのだ。
手渡されたスマートフォンに戸惑いながら、ユウリが画面に触れるとライトがついたディスプレイには3人の少女が写っていた。
「まずは中央、明神ホールディングス株式会社の社長令嬢であられる明神綾香様」
赤みがかったショートカットの髪に、吊り上がり気味の勝気な目。活動的な印象を与える動きやすそうな衣服を纏った女。
「次に右、氏家書房の社長令嬢であられる氏家詩織様」
目元まで隠すように降ろされた鴉の濡れ羽色の髪に、その隙間から覗く伏せられた目。動く気はあまりないのか、ふんだんに布が使われた衣服を纏った女。
「最後に左、艸楽貿易株式会社の社長令嬢であられる艸楽彩雅様」
派手にセットされた鮮やかな亜麻色の髪に、垂れ目気味の目。挑発的なほどに露出度の高い衣服を纏った女。
3人の説明を受けたユウリは訝しむように眉を顰める。
女達が写っている写真は資料というよりは作品に近く、纏われた服は衣服というよりは衣装に近い。
イメージする社長令嬢と程遠い女達の様子にユウリが戸惑っていると、陳は携帯電話のディスプレイに触れて写真をスライドさせる。
現れ出たのはカタカナを崩したようなロゴだった。
「そして、今日からお前の名前は不知火ユウリ。お前が守るのは明神グループ発のアイドルユニット――"レインメイカー"だ」