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レインメイカー  作者: J.Doe
クラウディ・サンデー
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乾坤一擲のパーミング 2

「はい、では皆さんお手を合わせて――いただきます」

「いた、だきます」

「いただきます」

「……いただきます」


 突然号令を書けた彩雅、音を立てて両手を合わせた綾香と詩織。2人に続くように手を合わせたユウリはテーブルに置かれた割り箸を手に取る。それが日本の食事前の挨拶だとは知っているが、生まれてこの方礼儀とは程遠い生活をして来たユウリには縁遠いもの。


 そのせいか、ユウリはただただ困惑していた。


 逆らいきれずにこの家まで連れて来られ、なし崩し的に彩雅と空いている部屋の掃除はした。だがそのリスクは決して無視できるような物ではないはず。

 少なくともこの家には明神からの信頼が厚い陳でさえも入れないのだから。

 しかし陳は令嬢達の傍にテロリストを置く事を選び、彩雅はアイドルに男の影がちらつく事を承知してユウリをこの家に招きいれた。

 確かにユウリが裏切れない陳は知っているが、彩雅がそこまで知っているとは思えない。それどころか信用できる材料はユウリが明神に雇われ、3人を守ったという事実だけ。リスクを冒してまでユウリを可愛い妹分達の傍に置く理由などない。


「アンタ、割り箸持ってなにボケっとしてんのよ。それに食事中くらい手袋を外しなさい」


 あるいは陳が自分を選んだように、彩雅も実力以外の自分の価値を見出したのか。

 そんな事を考えていたユウリは、隣から掛けられた綾香の声に割り箸に向けていた視線を上げる。

 隣の綾香は呆れたように眉を顰め、詩織は瞬時に視線を逸らし、彩雅は考え込むように細い顎に手をやっていた。


「掃除で疲れたの? それとも割り箸が嫌だった?」

「そんなんじゃないよ。箸なんて久々に見たもんでさ」


 昼はいつもパンだし、と付け足してユウリは紙袋から割り箸を引き抜いて割る。

 割り箸持った右手を野菜炒めの皿に伸ばすが、綺麗に割れた割り箸とは裏腹に箸の持ち方は決して綺麗とは言いがたく、割り箸は野菜炒めをさらうだけで何も捕える事も出来ずにいた。


「もしかしてユウちゃん、お箸が苦手なの?」

「……俺がこの間まで居た場所は手づかみが主流だったもんでね。悪いけど、フォークとか貸してもらえないかな?」

「それは構わないけれど、ちょっと困ったわね」

「困るって、何がさ?」

「会食について来てもらう時に悪目立ちしちゃうじゃない。ユウちゃんに目立つなって言う方が難しいのだけれど」


 頬に手を当てる彩雅にユウリは何も言い返せずに肩を竦める。顔は自他共に認める程に整っており、そもそもレインメイカーのマネージャーという肩書はいやおうなしに人の目を集める。彩雅が考えているように、弱点をその上で晒すのは上策とは言えない。

 1つでも理由があれば、護衛と対象を引き離すことなど容易いのだから。


「しつけ箸を買って来ないといけないわね」


 それなら、と綾香は言う。質の良い教育と出来の良い彩雅(てほん)が居た自分達ならともかく、ユウリはそもそもほとんど使えない。

 それならば、最初からやり直せばいいだけの事。

 箸を使えない事に問題はあるかもしれないが、箸を使えない事で問題を起こさなければいいだけの話なのだから。

 しかしユウリは心底嫌そうに顔を歪めていた。


「……何それ、間違った持ち方をすると中から針が出てきたりするの?」

「しないわよ。躾と拷問を一緒にしないの」

「だって、可愛がるって言いながら格下の相手を痛めつけるのが日本の文化なんじゃ……」

「それは忌むべき悪習――っていうか余計な事ばっか知ってるわね!?」

「アヤちゃん、喋るとなとは言わないけれど」


 出来るだけお静かに。そう言ってキッチンへ向かう彩雅を見送り、綾香はやはり腑に落ちない気持ちを飲み込むようにグラスに口をつける。

 悪いのはユウリのはず。なのになぜ自分まで。

 だけど、とふと気になった事に綾香の眉がピクリと動く。

 見た目が変わっていないという理由で缶コーヒーを買い、国籍は日本だと言い張っている白人の少年。

 そんなユウリの事を綾香は幼少期を日本ですごし、傭兵として外国で過ごしていると思い込んでいた。事実を知らない以上、そう思うしかなかった。

 だがユウリはしつけ箸の存在を知らない。そもそもしつけ箸が必要なかったというには、あまりにも箸使いが拙すぎる。

 いくら家族が外国人だったとしても、国籍を得るほどに日本に居たのならもう少し箸が使えてもいいはず。彩雅が危惧していたように、この日本で箸が使えないデメリットはあまりにも大きい。

 自分の常識が世間の常識だと思ってはいないが、綾香には箸の使い方を教えない理由は分からなかった。


「あ、あの……」

「えっと、何?」


 どもりながら掛けられた声、添えられた左手、差し出された箸。

 箸使いの上手さを自慢してるつもりなのか、それとも。

 黙り込んだ綾香に気を取られていたユウリは、詩織の意図を掴み切れずにユウリは首を傾げて言う。


「毒見ならいらないはずで――」


 瞬間、隣から腿に添えられた手にユウリは言葉を途切れさせる。

 折る。あるいは、抉る。

 その気になればへし折ってしまえるようなすらりとしたきれいな指。だというのに、そこに込められた力はあまりにも明確過ぎた。


「その、えっと、自信作、でして」


 余計な事を言わずに、さっさと食え。

 顔を赤らめて箸を差し出す詩織、わずかに顔を青ざめさせるユウリ。

 あちらとこちらでは真逆の世界とニュアンスにユウリは覚悟を決める。

 少なくとも彩雅は綾香に監修を任せ、その綾香が率先して口にしていた野菜炒め。少なくとも、食べて死にはしないだろう。

 何より、この瞬間にも綾香の指がじわじわとユウリの腿に食い込んでいるのだ。

 このままでは飢餓でも毒でもなく、暴力に殺されてしまう。


 そして、ユウリは恐る恐る野菜炒めを口に入れる。


 口に広がるのは醤油ベースのたれの風味と野菜の甘み。慣れ親しんでいる味ではない。

 だが、それでも。


「……美味しいよ、本当にさ」


 途端に口元をほころばせる詩織、ため息をついて手を離す綾香。

 気の利いた言葉を言えなかった事くらいは分かっているが、とユウリは肩を落とす。

 平和な時間を過ごせているこの瞬間も、脳裏でずっと不快感が横たわっているのだ。


 玄関から最も近く、3人の私室がある2階からは最も遠い部屋。シャワーとトイレも完備されたその部屋はマンションのワンルームのようであり、申し訳程度に置かれたベッドと机でさえユウリには上等なもの。


 それでも、鍵が外側についた合金製の扉がユウリの精神を刺激している。

 裏切れば殺され、期待に応えられなければ殺される。

 しかしユウリは陳からの"報酬"を手に入れ、成すべき事を成すまでは死ねない。

 そのためであれば疎まれようが恨まれようが構いはしないが、ボディガードの任務から外されるわけにはいかない。


 3人を守る為に陳が選んだ切り札がユウリであったように、3人はいざという時の為のユウリの切り札でもあるのだから。

 分からない事だらけの状況下においても、今夜が眠れない夜になる事だけはユウリにも理解できていた。

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