乾坤一擲のパーミング 1
『――氏の家からは合成麻薬フラッシュポイントが3グラム発見されており、武装組――』
青山の閑静な住宅街。夜闇に包まれる広大な庭園に、ポツンと建てられた大きな平屋。
そこは明神の敷地内にあるレインメイカーのシェアハウスであり、ユウリが対面した新しい戦場。
真っ白な壁、その壁に掛けられた薄型テレビ、木目調で揃えられた家具達と床。家具の1つ1つまでもが上等な物で揃えられているリビングで、テレビから流れるニュースを聞き流しながらユウリはグッタリと椅子に体を預けていた。
話を聞かないという3人に共通する性質の根源なのか。彩雅は言葉通りにユウリをここまで連れてきて、使われていない部屋の掃除を一緒にさせた。
掃除と言えば爆破処理が主だったユウリの体は、慣れない作業に疲労を訴え、リビングの椅子にだらしなく体を投げ出していた。
家具は最低限、しかしセキュリティは当然のように最高レベル。空き部屋として遊ばせていた事もあり、セキュリティのせいで手間が掛かってしまったのだ。
「いつまでもだらけてないでお皿並べるのくらい手伝いなさいよ」
どこか棘のある言葉にユウリが俯かせていた顔を上げると、料理を載せたサービスワゴンを背に征服の上から赤いエプロンを着けた綾香が居た。
「ディナーの護衛は生まれて初めてだね」
「働かざるもの食うべからず、よ」
遠い昔に聞かされた懐かしい言葉にユウリはゆっくりを立ち上がる。
レインメイカーとこの家の責任者である彩雅に掃除を手伝わせたユウリに、手伝いを拒否するだけの権利などある訳がないのだ。
「あ、あの、お疲れでしたら、私が――」
「甘やかしちゃダメよ。詩織が頑張ってくれた料理をタダで食べさせる理由はないでしょ」
大き目の制服の上から更に大き目のエプロンを着けた詩織に、綾香は諌めるように腰に手を当てて言う。綾香という教師炊いたとは言え、不慣れな料理に従事した詩織。彩雅のビーフシチューを楽しみにしてた綾香には、食べられなくなった元凶に少しは報いて欲しいと思うのも当然だった。
長めの前髪越しに送られる申し訳なさそうな視線に肩を竦めて、ユウリは用意されたメニューに驚愕しつつも、サービスワゴンに載せられた料理をテーブルに並べていく。
簡単に作れて食べられる事を想定したのか、メニューは野菜炒めを中心とした庶民的なもの。ユウリが想定し、恐れていたような高級料理ではなかった。
「にしても、お嬢様だってのに料理なんて出来るんだね」
「お嬢様だからこそ、よ。それに料理だけじゃなくて、家事くらいはなんでも出来るわよ。そうじゃなきや親の七光りって言われちゃうでし」
そう言ってリビングに現れたのは、僅かに水気の残る亜麻色の髪を後ろで1つに纏めた彩雅だった。埃っぽくなってしまった体をシャワーで流してきたのか、頬は僅かに紅潮し、Tシャツとボトムスというラフな服装になっていた。
「とは言っても、何でも出来るのは彩雅姉だけで、アタシと詩織は決まった事しか出来ないけど」
「出来なくてもいい、とは思うけどね。人にやらせる方が楽でいいじゃないか」
最後の皿をテーブルに並べたユウリの嘆息混じりの言葉に綾香は首を横に振る。
「いろいろ条件があるのよ。アイドル活動をするなら学年主席を維持し続ける事。こうやって3人で共同生活をして活動をしていくなら、彩雅姉の言う事をちゃんと聞いて家事とか全部出来るようにする事って」
「他者の介入を極力避けるため、ってこと?」
「そう、だからこの家には陳も入れない」
他にも理由があるのだけど、と言外に付け足した綾香は、さりげなくグラスにミネラルウォーターを注ぐ詩織にさりげなく視線をやる。
詩織の人見知りが軽度の対人恐怖症に変わっていくあの過程を鑑みれば、彩雅の提案もこの家のルールも当然のものだった。
「まあ、荒稼ぎの守銭奴なんてふざけた名前で活動するなんて言えば、条件を付けられたりするのも当然なのかな」
「そうじゃなくて、雨乞いのシャーマン。豊穣の使者って意味よ。シオちゃんがつけてくれたの」
思っていたよりもシンプルな内容の彩雅の注釈に、ユウリは思わず名付け親である詩織に視線を向ける。
当の本人は自分のセンスが明るみになったのが恥ずかしいのか、長めの前髪で隠すように紅潮する顔を俯かせていた。内向的で対人恐怖症気味の少女が隠していた詩集を見られたようなものだと思えば、その反応は当然のようにユウリにも思えた。
もっとも、捻くれたイメージを持っていたユウリが詩織に掛けられる言葉などないのだが。
「ほら、いつまでも突っ立ってないで座りなさいよ」
どうすればいい、とユウリが途方に暮れていると、エプロンを外した綾香はユウリの肩を掴んで強く引く。強引で力ずくなその強制力は強く、ユウリは抗う事も出来ないまま椅子に座らされてしまう。
長方形のテーブルの正面には彩雅、対角線上には詩織、隣には綾香。詩織から遠ざけられた事に納得し、同時に困惑するユウリには用意された4人目の分の食事を眺めていた。




