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レインメイカー  作者: J.Doe
クラウディ・サンデー
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華麗奔放のラショナリスト 6

 彩雅の言葉を切っ掛けのように、弾かれるように開いた扉から黒い影が飛び込んでくる。

 それはパイプ椅子を構えて駆け出したユウリだった。


 ユウリは振り向こうとした泉をパイプ椅子の2本の足で挟み込むようにして、そのままパイプ椅子ごと泉の体を壁に叩きつける。予想外で間抜けにも見える攻撃に泉の手からはナイフが滑り落ちてしまう。

 壁に叩きつけられた胸の痛みと突然乱入してきたマネージャーに、泉は戸惑いながらも硬質な音を立てる唯一のアドバンテージを逃すまいとしゃがみこむ。

 しかしユウリは瞬時にパイプ椅子を畳んで、リング状になった足で泉の首を捕えてそのまま、タイル張りの床に泉を引きずり倒した。


「さっきの、俺まで巻き込んでないだろうね?」

「安心してちょうだい。弟や妹が1人2人増えたところでワタシはしっかりお姉ちゃん出来るから」


 冗談じゃない。返事の代わりに、ユウリは手にしていたパイプ椅子を床に打ち付ける。

 パイプ椅子の座面の縁はまるでギロチンのように泉の首筋を打ち、銀色のパイプは今度こそ意識を失った泉を捉え続けていた。


「今度はタイミングばっちりよ。きっとセオリー通りだわ」

「……そいつはどうも」


 通話が繋がったままのタブレットを鞄から取り出す彩雅に、ユウリは嘆息交じりに吐き捨てる。

 貴重品と一緒に預かっていた彩雅の鞄に通話状態にしたタブレットを入れ、マイクをミュートした自分のスマートフォンで2人の会話を録音しながら状況をモニタリング。ユウリは明神の潤沢な資産で盗聴紛いの事をして、彩雅の状況を逐次把握していた。

 彩雅は余計な事はしないとユウリと約束はしたが、対面した悪意から逃げないとは言っていない。


 その事が意味する事など、1つしかなかった。


「アンタ、俺を試してたでしょ?」

「そうよ、ごめんなさいね」


 両手を合わせて形ばかりの詫びをする彩雅に、ユウリはがっくりと肩を落とす。

 泉が"忠告"と言っていた"何か"で、彩雅はストーカーをある程度把握していたのだろうとユウリは仮定していた。

 聞かされていなかったマネージャー業、率先して行われた情報提供、無条件に貸し与えられたタブレット。それらの全てはユウリを試すためのものだったのだから。

 限定された情報と環境でどれだけユウリが使えるのか。斉藤泉(ストーカー)が直接乗り込んで来たのは計算外だったが、それでも彩雅はユウリという護衛の性能を把握できていた。


「ワタシにはユウちゃんのような人が必要だったの。どんな状況下でも、アヤちゃんとシオちゃんと守ってくれる人が」


 ユウリに歩み寄ってきた彩雅は、そう言いながら浅黒い肌の頬に手を添えて視線を合わせさせる。

 切れ長の目に飾られた瞳は切実な色を浮かべ、頬を包み込む華奢な手はどこか縋りつくよう。


 彩雅は綾香と詩織が置かれている状況を知っていたのだ。

 2つ歳が離れた詩織が自分のせいで嫌がらせの対象となっていた事も、綾香が詩織を守る為に奔走していた事も。

 可愛い妹分達が害されるのを黙って見ていられなかった彩雅はあらゆる手段を講じた。

 2人が主席となり、尊敬を集められるように勉強を教えた。学内の不穏な空気に触れさせないように、アイドルとしての課題を用意し続けた。星霜学園の生徒会長という1種の頂点に立つ事で、2人に手出しをさせないようにした。


 しかし結果は彩雅の思惑は全く違うものになってしまった。


 2年生で生徒会長の座に就いた彩雅を誰もが誉めそやし、そんな彩雅の庇護下に居る2人を誰もが蔑んだのだ。

 彩雅が教えなければ勉強も出来ない。彩雅の期待に応える事も出来ない。彩雅の恩情に縋るだけの存在なのだと。

 彩雅が生徒会長に就任していた頃、詩織はまだ中等部の3年生だったために被害は少なかったが、自身の失敗を理解した彩雅はただただ焦っていた。

 本格的なアイドル活動のために3年に進級する頃に生徒会を辞める事を決めていた彩雅。そんな彩雅との距離が近くなる事で詩織への嫌がらせはエスカレートし、綾香が首謀者達の下へと乗り込む事は考えるまでもない。


 近くに居なければ守れないが、近くに居る事で敵を増やしてしまう。それは彩雅が直接的な手段を取る事でも同じ。2人と2人との夢を守る方法など彩雅には何1つとしてなかった。


 やがて彩雅が3年に、綾香が2年に進級し、詩織が高等部に上がった頃、状況は彩雅の予想通りのものとなってしまった。

 どれだけ彩雅が手を回そうと詩織への嫌がらせは続き、綾香は誰も巻き込む気はないとばかりに独自に動き始めてしまったのだ。


 かくなる上は詩織に付き纏い続けるしかないか。彩雅がそう思い詰めていたその時、状況は大きな変化を迎える。

 明神のエージェントである陳がスカウトしてきたボディガード、不知火ユウリによって。

 詩織に嫌がらせをしていた生徒達に食って掛かった綾香も、怯える事しか出来なかった詩織もユウリはたった1人で救ってくれたのだ。

 彩雅にはどうあがいても出来ない、悪辣な策略と圧倒的な暴力を誇示する事で。

 そして今度もまたユウリは与えた技術を利用する事で、泉を撃退しただけではなく、泉がストーカーであった証拠を掴んでみせた。

 その優秀さは疑うまでもなく、ユウリは明神が雇うに値する1流だった。


「ワタシではあの子達を守れない。アナタでなければあの子達を守れない。だからお願い、どうか、あの子達を守って」

「……アイツらの事だけしか言わないんだ」


 縋りつくように琥珀色の瞳を覗きこんでくる彩雅にユウリは苦笑する。

 本位ではなくても人を利用する覚悟はあるというのに、ただのテロリストでしかないユウリに助けを請う社長令嬢。しかも自分を救って欲しいという訳ではなく、救って欲しい対象は妹分達。

 それが艸楽彩雅という女のやり方だったのだとしても、紡がれた言葉はあまりにも真に迫っていたものだった。

 そして予想外の返事に今までのものとは違う微笑を浮かべて彩雅は言う。


「そうよ。だって、ワタシはお姉ちゃんなんだから」

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