華麗奔放のラショナリスト 2
「それとジョーカーっていうユニットのリーダーがインタビューで言ってたのよ。レインメイカーは自分達に近いことが出来て、自分達じゃ出来ない事が出来るユニットだって」
「また、ジョーカーか」
返された答えに満足そうに微笑む彩雅に、ユウリは聞き覚えのある単語に眉間に皺を寄せる。
あらゆる数字で大差をつけて勝利し、その上でレインメイカーの才能に気付ける広い視野を持った存在。
勝者の余裕から下に目を向けられているのか、それとも這い上がってきた実力者を葬れるだけの何かを持っているのか。
疑わしくはあるが、確信に至る答えはない。
紛争地帯と違い、情報社会である日本での失態はユウリの終わり。全員殺してそれでオシマイ、という訳にいかない以上、ユウリは慎重にならなければならない。
辿り着くべき結末は未だ暗雲の向こうで、その輪郭すら見せていないのだから。
「あら、レインメイカーは知らないのにジョーカーは知ってるのね。お姉ちゃん悲しいわ」
「明神に聞かされたんだよ。何かと張り合う事が多いユニットだってさ。あとお姉ちゃんってやめてよ」
よよよ、としなを作ってわざとらしく泣き崩れる彩雅にユウリは呆れたように答える。
どうにも苦手意識抱かせてくるのだ。
何かを隠しながら導こうとする言葉が、表面上しか触れさせない態度が。
おそらくそれこそが艸楽彩雅の処世術であり、2人を含めた皆に慕わせる魅力の1つなのだろう。
あらゆる人を味方にする事で敵をなくす。味方を増やす以上に敵を減らす方法はないのだから。
「人気の差から言えば胸を貸してもらってる形だけれどね。他に聞いておきたい事は?」
「陳がずっと"何か"を警戒してるんだけど、敵対者に心当たりは?」
「それは、多分ワタシのせいね」
「どういうことさ?」
「ストーカーが多いのよ。こんな派手な見た目だから言い寄ってくる人は多いし、断られたら勝手に怒って付き纏ってくるの。"いつだって君を見てる"とか、スティングみたいな手紙が送られてきたり。それもあってユウちゃんが呼ばれたんじゃないかしら」
分からなくはないが、本当にそれだけなのだろうか。ユウリは耳のピアスを指先でつつきながら考える。
男女問わず受けるように振舞っている彩雅であれば、勘違いした誰かに付き纏われても不思議ではない。
だがその程度であれば艸楽がボディガードを雇えばいいだけの話で、紛争地帯からテロリストを呼ぶほどではない。
任務開始からの数日で全てが掴めると思っていた訳ではないが、決して良いとは言えない状況にユウリは嘆息を漏らす。
彩雅にとって味方であっても、全員にとっての味方でない事は詩織の状況を見れば明らかだった。
「とりあえず、この後の事を話しておくわね」
「うわ、何そのでっかいスマフォ」
そう言って彩雅は鞄から取り出したタブレットにユウリは驚愕から目を見開く。
ノートパソコンは見た事があるが、スマートフォンを大きくしたようなそれをユウリは知らなかった。
「タブレットって言うのよ。見たことない?」
「初めて見るよ。スマフォとは何が違うの?」
「筐体の大きさと通話関連の機能の有無かしら。録音機能を使うために買ったものだから、これは一応通話機能があるけどないのもあるの。そんなに面白ければ貸してあげるわよ」
子供用に目を輝かせるユウリにクスクスと笑いながら、彩雅はディスプレイに指を滑らせて一枚の画像を表示する。
それは鮮やかなブルーのシャツと真っ白なシフォンワンピースに身を包んだ彩雅の写真だった。
「これ、アンタだよね」
「そうよ。先月号の春物特集、お姉ちゃん綺麗でしょ?」
「俺の次にね」
楽しげな彩雅の言葉に、ユウリは肩を竦めて皮肉を言う。
確かにシンプルな衣服は彩雅の華やかさを、彩雅の美しさは衣服を質以上に上等なものに見せていた。
それを分かっていても、口に出してしまうのはどこか気恥ずかしくて、気に入らなかった。
「今日の仕事はファッション雑誌の撮影。現場に着く前に艸楽所有の施設でユウちゃんに着替えてもらうわ」
「……俺が撮られる訳じゃないんだよね?」
「違うわよ。ただ学生服で行く訳にはいかないじゃない、ユウちゃんはトライトーン所属のマネージャーなんだから」
聞いていなかった話にユウリは思わず両手で顔を覆ってしまう。
明神家に信頼を置かれ、優秀なはずの陳の情報伝達ミス。生真面目な日本の勤務態度からはかけ離れた失態に、ユウリは故意的な何かを感じていた。
「でもユウちゃんそういうの得意だって陳さんに聞いたけど?」
「得意だけど準備が必要なんだよ。俺が成人男性に見えるって言うなら話は別だけどさ」
話が違うと首を傾げる彩雅に、ユウリは顔を覆っていた両手を広げる。170cmに満たない身長も、中性的な顔立ちも大人びているとは言い難い。
ユウリの真価は前もって用意した工作にあり、行き当たりばったりの白兵戦ではない。現在の装備でも護衛は行えるが、用意をするに越した事はない。
「スーツ一式をサイズ違いでそろえてはあるけど、他に何か必要なものは?」
「アイシャドウと暗めのファンデーション、それだけ用意してくれればあとはなんとかするから――それより、最後に1つだけ聞きたい事があるんだけど」
「何かしら?」
余計な質問は許さないとばかりにユウリに、彩雅はどこか訝しむような視線を向ける。
教えるべき事は教えたが、確信には至っていない。それは敵対者の抹殺を1つの目標としているユウリと、年長者ゆえにユウリの真意を探らなければならない彩雅。敵対するにしろ、味方として受け入れるにしろ。2人は何らかの確信に辿り着かなければならない。
「これの使い方教えてくれない?」
手にしたタブレットをチラチラと窺っている少年が、彩雅には少しおかしく思えた。




