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レインメイカー  作者: J.Doe
クラウディ・サンデー
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視野狭窄のペシミスト 6

 携帯電話のディスプレイに触れて照明を落としたユウリは、標的達を逃がさないように閉じていた扉を開ける。

 目を閉じたまま立ちすくんでいる詩織、机をなぎ倒しながら床に蹲っている女子生徒達。自分で作り出したとはいえ、絵面が良いとは言えない状況に肩を竦める。指向性を操作できなければどうなっていた事やら。


「し、不知火さ――」

「おっと、セーフ」


 目を閉じたまま歩き出してしまい、蹲っていた郭に躓いて転びそうになった詩織をユウリが慌てて抱きとめる。アナスイのシークレットウィッシュがふわりと香り、比較的小さなユウリの胸に詩織がぴたりと収まる。

 声をより近くで聞こえたせいか、それとも体を支えてくれた体温のせいか。髪に隠れていた色素の薄い詩織の顔が一気に紅潮していく。

 目を閉じている理由は別のものへと変わり、警戒心が解きほぐされていくように。


「ああ、ゴメン。とりあえず近くに椅子に――」

「だ、大丈夫です」


 倒れこんできた詩織にユウリはそう言うも、詩織はユウリのブレザーの裾を握って離そうとはしない。

 出来れば今すぐにでもサロンに連れて行ってやりたい。目を閉じていたとはいえ、眩光の影響を受けた詩織を、庭園にあるサロンまで連れて行ってやる事は流石に難しい。

 真っ白な肌の頬は紅潮し、目は閉じられているというのに伏せられ、口は何か言葉を紡ごうとしているのかパクパクと開閉している。

 身長157cmの詩織と自称身長165cmのユウリ。悲しい事に数字ほど身長の差を感じない詩織を、ユウリが背負ったりすれば悪目立ちする事は間違いない。


「アンタがいいって言うならいいけどさ。それより、目はどう?」

「ビックリして強く目を瞑ったせいでぼやけてますが」


 問題はないと思います、と詩織はゆっくりと目を開く。

 青みがかった瞳は覗きこんでくる琥珀色の瞳に囚われ、熱に浮かされた体は熱いと息を吐き出す。

 学生としてはあらゆる生徒の接触を拒み、アイドルとしては常に2人の仲間に守られている詩織。そんな詩織にとって、ユウリはある意味での初めての男だった。


「あ、あの、郭さん達は大丈夫なんですか?」

「大丈夫だよ。後遺症が起きないようなトラップを使ったからね」

「トラップ、ですか?」


 戸惑いを隠すようにした問い掛けの答えに詩織は首を傾げ、ユウリは手にしたままの携帯電話の画面を見せる。ディスプレイに表示されていたのはWIFIの接続設定と見た事のないアプリの起動画面だった。


「ネットサーフィンしてたらWIFIで操作できる照明ってのを見つけてさ。LEDと増幅回路を追加してこの教室に仕掛けておいたんだ」


 大変だったけど、と言外に付け足してユウリは嘆息を漏らす。

 脳裏によぎるのはWIFIでの操作機関と増幅回路を足した照明を変えたこの2日間の記憶。電気系のトラップを使ったのは初めてではないが、紛争地帯と違って監視の厳しい学園内での作業は決して容易なものではなかったのだ。


「もしかして、この教室の、全部?」

「うん。最悪教師もクラスメイトも全員やっちゃおうと思ってたし、現にアンタは俺を信じてくれたからほぼ被害はないし。まあ発動させるのが遅れたのは悪かったよ」


 何でもないように告げられたユウリの言葉に、詩織は顔を思わず強張らせてしまう。

 詩織が自ら遠ざけている、文字通り赤の他人であるクラスメイト達をユウリは平気で巻き込もうとしたのだ。

 詩織が目を閉じるを待っていてくれた優しさも、後遺症が残らない罠を選択した理性も理解はした。それでもユウリが秘めた暴力性は、綾香の言葉通り放っておけないものだった。

 少なくとも、人間が蹲ったまま立ち上がれないような光を、詩織は自衛のためでもためらいなく使える気はしない。


「さて、どうする?」

「どう、する?」

「ソイツらをどう処理するかだよ。ずっとカメラ回して証拠は押さえたんだけど、トラップの事を聞かれたのは流石にめんどいしさ」


 教師に告げ口する以外の選択肢を暗に提示するユウリの言葉に、詩織は未だ立ち上がる事も出来ない郭達へと視線を向ける。

 ずっと怖くてたまらなかった上級生達は無様にも床に這い、恐怖から震えていた自分はボディガードの腕の中。


 だというのに、詩織の胸中に湧いた感情は優越感でもなく、ただの哀れみだった。

 ずっと憧れていた彩雅が自分達ではなく、下級生達を選んだのが気に入らなかった。そして彩雅への羨望が綾香への嫉妬へと変わり、綾香への嫉妬が詩織への害意に変わった。

 彩雅に憧れてしまう気持ちも、自分のような根暗にその傍らを取られてしまう悔しさも分からなくはない。

 しかし羨むだけ彼女達に譲ってやれるほど、詩織の夢は軽くはなかった。


「……耳は聞こえますよね?」

「もちろん。もっとも、話が出来る状況かは分からないけど」


 ユウリが試みたのはフラッシュパンの擬似再現。もっとも光の出力が弱く、破裂音などもないことから症状はそこまで重くはない。ユウリの知る限り、実際のフラッシュパンは目を閉じた程度では防げるようなものではないが、ユウリの計算通り指向性を持たせた光は目を閉じていた詩織を害する事はなかったのだから。


 その言葉を聞いた詩織はユウリから離れて、ゆっくりと郭の方へと振り向く。制服が汚れる事すら厭わず、焼き尽くような痛みを訴える目元を押さえて蹲っている郭。その姿に今までのような高圧な面影は一切なく、詩織はずっと恐れて来た郭も自分と同じ少女なのだと理解させられてしまう。

 そして、こんな形で実力行使に出られた郭は、2度と詩織に関わる事はないだろう。下手をすれば彩雅にも。


 そう思えばこそ、詩織には伝えなければならない事があるのだ。


「郭さん、私は自分の夢をあなたに譲る事は出来ません。応援してくださいなんて言えませんが、郭さんの彩雅さんへの憧れに答えられるように頑張ります。私はもう、絶対に誰にも負けませんから」


 どもりもせずに、ただただまっすぐな言葉を告げた詩織は、机に置きっぱなしになっていた鞄を手に取って教室を後にする。

 今まで受けてきた嫌がらせに思う事がない訳ではないが、しがらみからの解放感は詩織の足取りを軽くし、自然と俯き気味だった顔を上げさせていた。


「でもさ、本当にいいの? 今ならいろいろな方法で処理できるけど」


 慌てる事もなく追いついてきたユウリは念のために問い掛けておく。

 綾香の時と同様に杜撰な手口から、彼らのバックに陳が恐れているテロリストが居ない事は分かるが、レインメイカーに対して的違いな復讐を企てないとは言い切れない。

 詩織への嫌がらせを行っていたグループのリーダーであろう郭を、更に暴力をちらつかせる事で追い詰めれば安全の信頼度は増すはず。

 しかし詩織は首を横に振った。


「いいんです。私は負けませんでしたし、あなたが勝ってくれました。私達の勝利です」

「……仕事、だからね」


 そう言って微笑む詩織から目を背けるようにユウリはそっぽを向き、そんなやはりどこかチグハグな印象のユウリに詩織はクスリと笑みをこぼす。

 過去の弱い自分と現在の自分を脅かす恐怖。その2つに勝たせてくれたのは、仕事といいながらも転んでしまわないように歩み寄ってくれる少年なのだから。

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