視野狭窄のペシミスト 5
教科書や筆記用具を鞄に詰めながら、詩織は教室の人がまばらになるのを待っていた。
郭による嫌がらせも理由の1つではあるが、詩織は元々人見知りの気があった。クラスメイトと仲良くする事も出来ず、小中等部の頃は綾香や彩雅がよく様子を見に来るほどに。
しかし高等部に入学してからというもの、詩織の自立を促すという理由から2人が教室を訪れる事はほとんどなくなっていた。学園のスポンサーである明神敬一郎に、サロンという避難場所を与えられている事を考えれば当然だろう。
詩織中にこれ以上は甘えられないという気持ちが芽生えたのも。
ブラウンの革鞄のスナップを閉じた詩織は、ふとブレザーのポケットに入れた携帯電話に意識を向ける。
同じスポットのネットワークで繋がってはいるが、電話番号もメールアドレスも知らないボディガード。甘い物が好きで、携帯電話の使い方知らない、捉えようもなく不思議な少年。
彩雅と近づきたいがために話しかけてくるクラスメイトとは違う、鋭利さと危うさを内包したユウリだった。
正直に言ってしまえば、初めは怖くてしょうがなかった。両耳にいくつも着けられたピアス。漂ってくる何かを隠すような香水の香り。どこか苛立っていたような言葉遣い。それでも顰められた顔は詩織の状況を憂いているようで、やや浅黒い頬は甘い紅茶に僅か緩んでいた。
どこかチグハグなユウリの印象に、詩織は思わずクスリと笑みをこぼしてしまう。
陳が海外から連れてきたボディガードで、社交的な綾香に警戒心を持たせる危険人物。
聞いていた情報と詩織が話をしたユウリはあまりにも似ていなかったのだ。
「なにニヤニヤしてんのよ、キモいわね」
掛けられた声に詩織は慌てて振り向く。照明の調子が悪いのか夕闇に暮れる教室に居たのは、同色の青いリボンタイで胸元を飾る女子生徒達。
明らかに手を加えられている亜麻色の髪とブラウンの瞳。彼女達が現れたせいか、それとも彼女達がここに居るためなのか、クラスメイト達の姿はすでにない。誰も居ない教室に居る彼女が、詩織が恐れていた郭鈴麗だった。
「アタシの友達が学校に来てないんだけど、どうせアンタのせいなんでしょ。本当に最低ね、根暗ブス」
郭はそう言いながら、言葉すら返せない詩織の椅子を蹴る。
華奢な詩織の体は抵抗も出来ないまま、タイル張りの床に叩き落され、体の節々は床の固さに痛みを訴えていた。
しかし郭は頷く事で、連れ添っていた女子生徒達に詩織を立ち上がらせる。
汚れてしまった制服を纏う体は両サイドから拘束され、逃げる事は出来そうになかった。
「艸楽に泣き付いたの? それとも明神に頼んで藤原に口を利いてもらったの? ――そんなんだから、アンタは1人なのよ」
嘲笑を浮かべて告げられた事実に、詩織何も言い返すことが出来ずに俯いてしまう。
「ねえどんな気持ち? 2人が居なくちゃ何も出来なくて、両親にも相手にもされてないってさ」
郭は俯く事で視線を合わせないようにしていた詩織の前髪を掴んで顔を上げさせる。
長い前髪に隠された白い肌の顔は儚い美しさを湛え、痛みと恐怖から歪んだ顔は郭の嗜虐心を刺激していく。
凛々しくもある綾香の溌剌とした美しさとも、男女問わず魅了する彩雅の華やかな美しさとも違う。まるで手折られてしまう寸前の花のような詩織の儚い美しさ。
決して人を近付けさせないその洗練という言葉が合う美しさを手中に収めた郭は醜く顔を歪めていた。




