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レインメイカー  作者: J.Doe
ドリズル・チューズデー
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恥知らずのドープヘッズ 5


「本当に、愛想も何もねえ奴だな」

「本当に、常識も何もねえ奴だね」


 慣れ合った覚えはなくとも、慣れ親しんでしまった軽口のやり取り。普段なら職員しか使わない星霜学園の高等部の裏門で、ユウリはぶしつけな声の主、森崎仁にそう吐き捨てる。

 時刻は9時。他の生徒たちは授業の真っ最中であり、ユウリはこの後、護衛対象と担任の説教は避けられないだろう。綾香の感情優先の説教程度は苦ではないが、心配しているという名目で手を握られたまま、もとい手を握り潰す寸前で維持したまま目を見つめられ続ける担任との無意味な時間だけはつらい。電話でイヴという何者かに次はない。と白昼堂々脅しをかけるような担任だ。悪さをすれば腕の一本くらいは持っていかれてしまうかもしれない。


「見送りか?」

「そんなところだね。俺ほどの美少年が会いに来たんだからもっと喜んで欲しいくらいさ」

「……相変わらず口が減らねえ野郎だ」

「どんなもので減ったら世の女性達が悲しむからね――それで、アンタはこれからどうするの?」

「熊本の親戚に厄介になることになった。記録会は参加取り消しで、実の姉は麻薬で逮捕。流石にもうここには居られねえし、陸上も続けられねえ」

「陸上も?」

「ああ。姉の逮捕で会社がまずいことになっちまったし、親戚のところにいくのもほとぼりが冷めるまでやり過ごすためだ。ただでさえうちはなんていうか、両親が金にだらしなくてな。姉が経済的に支えてくれてたんだ。俺が陸上に集中できるように、学生寮で1人暮らしも出来るようにって。ずっと世話になって来たから恨みはしねえけど」


 結構辛いな、と言って森崎は道具を押し込んだボストンを殴る。


 奈津美は金のことでユウリに恨み言を言ったりはしなかった。家に頼ることなく弟の援助をし、金を稼ぐことの大変さを誰よりも知っていた奈津美が。それだけの日々に疲れてしまったからユウリに魅入られてしまったのか。

 知ったこっちゃない、とユウリは胸中で毒づく。たとえ奈津美出会っていなかったとしてもユウリは誰かを利用した。悪いことをしたとは思っているし、許されるとも思っていない。

 ユウリは奈津美を利用し、奈津美はさみしさから堕落した。どれだけ言葉を取り繕うとそれ以上でもそれ以下でもない。


「まあ、椎葉のことは任せてくれていいよ」

「殊勝なことを言うじゃねえか」

「俺ほどの美少年ともなると器の大きくなきゃいけないからね」

「体は小せえのにな」

「アンタの脳みそよりはずっとマシだよ」


 だから、とユウリは拳を突き出す。


「じゃあね、森崎先輩」

「うるせえよ、クソ野郎」


 軽く拳をぶつけ合い、あばよと毒づいて、森崎は裏門から出ていく。陸上部やクラスメイト、目を掛けていた智子に見送られることもなく、ただ1人で。


「行ったよ」

「そう、みたいね」


 森崎の背中を遠くに見つめながら、彩雅は裏門の陰から出てくる。

 智子を厄介ごとに巻き込み、蓮華を美緒に商品ごと明け渡し、森崎を星霜学園から追放した。望んだ結果出なかったとしても、ユウリと彩雅の歩く道に彼らの犠牲は必要で避けることはできなかった。ユウリは報酬のためになりふり構っていられず、彩雅はそんなユウリを信用し切れていなかったのだ。

 それでも、全てを割り切ることはできなかったのだろう。


「お願い。少しだけこうさせて」

「……俺の背中は高いんだからね」


 ふわりと香るチャンスオータンドゥル。背中に感じる柔らかな温かさ。

 ユウリは腹に回された手に自分の手を重ねて、小さくなっていく森崎の背中を見つめていた。

 そして、ふと思う。この言葉が正しいかはわからないが、説明のできない確信にも似た何か。

 彩雅にとって蓮華がそうであったように、自分に立ち向かい、非を認められた森崎だけは自分と親友になれたのではないか、と。

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