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レインメイカー  作者: J.Doe
ドリズル・チューズデー
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恥知らずのドープヘッズ 4

「調子に乗り過ぎたわね。ここまでされたら不知火君を帰すわけにはいかないわ」

「やっぱり俺の美貌は罪なんだね。劣等感で目が眩んでいても分かるんだから」

「そうね。薬漬けのあなたにどんな値段が付くか楽しみでしょうがないわ」


 ユウリは舌打ちをして蓮華の方へと視線を向ける。一見無力そうな人間を利用して対象を無力化し、そのまま切り札で封殺する。流石にユウリと奈津美の関係を知っていたわけではないだろうが、蓮華の戦略はセオリー通りで有効的だ。何せ、蓮華自らその切り札を手にしているのだから。

 黒で統一された銃身、解除された安全装置。間違いなくそれはトカレフだった。

 彩雅が金を掛けてくれたわけだ、とユウリは吐息をもらす。

 表向きは警備程度の自衛手段しか持っていない艸楽でも、声を掛ければ荒事に長けた人員は集まるだろう。しかしそれでは彩雅は無用な菓子を作ってしまうことになる。2人の妹分を守っている彩雅はそれを認めることはできず、万が一にでも蓮華を説得できたならば大事にしたくなかったために。

 そこで彩雅はユウリに白羽の矢を立てたのだ。金さえ払えば言うことを聞き、どのような状況でも自分達を守り通し、誰よりも修羅場を身近に感じていた自称プロを。ユウリの得意戦術が工作を用いての迎撃であることも知らずに。


「だけど彩雅、アンタだけは家に帰してあげる。うちの商品を一口味わってくれればね」

「……絶対に嫌よ。そんなのやるくらいなら舌を噛んで死んだ方がマシだわ」


 すっかり勝った気になったのか。銃口をユウリから自分に向けてくる蓮華に彩雅は吐き捨てる。


 正直に言えば、気分は最悪だ。


 初めて出会った家のことを気にせずに立ちはだかってきたクラスメイト。年頃の女子特有のマウンティングのせいで出会った頃こそ仲良くとはいかなかったが、ありとあらゆる手段で出鼻をくじき、足元をすくっても立ち向かってくる蓮華との水面下でのやり取りも楽しかった。蓮華が言っていた通り、妹分などと耳心地の良い言葉を使ってはいるが明神も氏家も家の格は別格。だからこそ誰よりも努力し、誰であろうと利用できる社交術を身に着けた。自身のなさは小手先の技術と演技でごまかし続けてきた。


 誰もが必要とする自分であるために。

 そんな自分を慕ってくれる可愛い妹分達のために。

 2人をお願いと残していなくなってしまった”あの人”のために。


 しかしたった1人の親友はよりにもよって明神綾香に手を出してしまった。氏家詩織への何らかの接触を匂わせるような真似をし、一本気な綾香が絶対に逃げないように手を回して。

 そして、姫島蓮華は誰もが予想通りに負けた。妹分に手を出そうとしただけでなく、飛車落ちという”無意味”なハンデを負わせた蓮華達に良かった綾香によって容赦なく。超高校級の棋士だろうが、ありとあらゆる勝負事に負けたことがない綾香に挑むなどで愚行でしかない。


 そのことで途方にくれたのは彩雅だ。


 姫島という家が明神との関係が薄いとはいえ、影響を受けずにいられる訳がない。現に蓮華に目をつけていたスポンサー達は手を引き、自身の取り巻き達が蓮華に対する義憤を募らせていた。それがたとえポーズでしかなかったとしても、何らかのペナルティを与えて(みそ)ぎをさせなければ、彩雅の手の及ばない見知らぬ第3者によって蓮華が害される可能性があった。

 そう。蓮華が自尊心を傷つけれたと言っていた対局は彩雅にとっての最大の恩情。彩雅が勝てば禊ぎは済み、蓮華が勝てばお咎めはなし。プロ候補の蓮華に上手く負けることはできないが、勝負を通して気持ちが通じあったとでも言って結果に美談をつけて誤魔化すの簡単だ。簡単なはずだったのだ。

 しかしその敗北を切っ掛けに親友は腐りきってしまい、麻薬の売人となってしまったと聞いて平気でいられるほど彩雅は強くない。

 得意でもない将棋で綾香以上の6枚落ちのハンデを負い、蓮華の棋譜を公式非公式問わずに集めて得た勝利の結果がこれか、と。


 蓮華に別の形で何かを施してやれば良かった?

 そんなことをすれば手のつけようのない第3者が何をしでかす分からなかった。

 蓮華のしでかしたことを見逃してやれば良かった?

 詩織に被害が及ぶ可能性があった以上、そんなことができるはずがない。

 蓮華が納得できるように負けてやれば良かった? 

 プロ候補の蓮華に生半可なことをすれば、それこそ蓮華の自尊心を深く傷つけてしまったはず。


 結局、彩雅が蓮華にしてやれることなどなかった。


 この期に及んでも蓮華は安い中国銃をちらつかせて抵抗し、市場規模は重中毒者である奈津美を見れば分かる。弁護士を紹介したところでその結末はたかが知れているだろう。

 それでも、彩雅は蓮華を止めなければならない。

 きっと理解してくれるだろうという勝手な思い上がりで蓮華を傷つけ、たかだか300万円という首輪でユウリをこんなところに連れて来たのだ。今更後に引けるわけもない。


 たとえどんなことをしても。


「本当に。本当に心の底から安心したよ。そうするなんて言ってたら俺が艸楽を殺さなきゃならなかった」


 自分に向けられた物騒な言葉と聞きなれない硬い音に、気付けば彩雅はユウリの方へと振り向いていた。

 まずいことをしてしまったかもしれない。

 頭を抱えてうずくまる女性。警棒を握り直して蓮華をにらみつけるユウリ。

 琥珀色の瞳を浮かべる目は吊り上がり、口元は張り付いたように笑みを浮かべている。

 その様子を見れば付き合いの短い彩雅でもわかる。


 ユウリは、怒っていた。


「女を、殴るなんて」

「大嫌いなんだよね。ドラッグも、それを売る売人も、こんなので命を無駄にする馬鹿もさ」


 表情を強張らせる蓮華にユウリは警棒の先端を向ける。

 奈津美を利用していたユウリだからこそわかるが、奈津美にはもう経済的余裕などない。最初は安くても症状が進むにつれて値段は高く、数が多くなるのが麻薬の取引。質が悪くともそれは変わらず、これほど思い中毒症状が出ていれば社会活動などできるはずがない。

 しかし、蓮華はわざわざこんな場所に赴いてまで奈津美と接触していた。それは後払いで麻薬を渡すためではなく、麻薬などやめてしまえというためでもない。蓮華は確認したかっただけ。自分の作り出したものがどういう結果を導くのかを。

 蓮華が奈津美に見出した価値は女としてではなく、自分のドラッグカクテルのモルモットとして。

 言葉の通り、本当に悪いことをしたとは思っている。ユウリが知る限り、奈津美は生真面目で優しく、法律に背くような人間ではなかった。奈津美はユウリと出会ったせいで弱くなってしまい、居もしないアルという少年を探している内に蓮華の身内に目をつけられてしまったのだろう。

 麻薬に溺れたのは奈津美の勝手だが、弱みに付け込んでいいという訳ではない。

 同じクズでも、ユウリは奈津美の金や時間を奪うことはあっても、命や尊厳を踏みにじったことはなかった。盗人猛々しく、独善的なのは理解しているが許せない。互いに許す必要も許される必要もない。


 だから、とユウリは柄のトリガーが引いた。


 蓮華は銃口を慌ててユウリに向けるがもう遅い。バリスティックナイフとも、ナイフ型消音拳銃とも似て非なる自作品。持ち主の安全性のみを確認したそれは破裂音と共に警棒の先端を射出させる。蓮華はろくに狙いもつけずに引き金を引くも、高らかに発射された弾丸は反動で見当違いな方向へ飛んでいき、ユウリを傷つけることもできない。


 そしてスチール製の先端が蓮華の腹部に叩き込まれた。


「覚えておくといいよ。俺の美しさの前には皆等しく凡庸なんだって」

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