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レインメイカー  作者: J.Doe
クラウディ・サンデー
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視野狭窄のペシミスト 4

「俺は仕事でそちらさんらを守ってるわけ。迷惑ならもう掛けられてるし、アンタがつまらない事で悩んでる方が面倒なんだよ」

「……ごめんなさい」


 制服のスカートを握りながら俯く詩織の態度に、ユウリは増していく苛立ちから塗り潰したような黒髪をかき上げる。

 おそらく、詩織が嫌がらせをされ始めたのは最近からではない。相手が"(カク)"という人物である事は綾香も知らない。

 社交性がないせいで気付かなかったのか、嫌がらせのせいで対人恐怖症になったのかは分からない。だがその性質で詩織が気付かなかっただけで、無視などの嫌がらせをされていたのは間違いない。その上、綾香が別の生徒に突っかかっていた事から、詩織が綾香に助けを求めていない事も明らかだった。


 だからこそ"(カク)"は、リスクを犯してまで直接的な嫌がらせに及んでいるのだから。


「どうせ何も出来やしないんだから、あの猪女の影にでも隠れててくんないかな。そうしてくれれば俺がテキトウに片付けておくから」

「そんな事、出来ないです」

「何でさ、嫌な事があるなら目を逸らしちゃえばいいじゃんか」


 綾香が聞けば怒り出しそうなその言葉に、詩織は思わず顔を上げてユウリの方へと視線をやる。

 人の善性さを盲目に信じている訳ではないが、ユウリの言葉は誰かを守る存在とはしてはあまりにも不誠実に詩織には思えたのだ。

 人としての性質はともあれ、綾香と彩雅は困難に打ち勝つ事で夢に踏み出す切欠を手に入れたのだから。


「人は困難に立ち向かわなきゃいけないとか本気で思ってるわけ? 動物に勝てないから武器を作って、海を泳ぎ切れないから船を作って、都合のいい暮らしを手に入れるために法治国家を作った人間様が?」


 詩織の胸中を察したユウリは冗談じゃない、と吐き捨てる。

 野生の動物だって災害を予知して逃げ出すというのに、綾香も詩織も無計画に立ち向かうだけ。そんな無謀さに付き合ってやれるほどユウリは大人物ではない。


「1番大事なのは困難にバカ正直に立ち向かうんじゃなくて、どんな知恵を使ってでも困難の先の結果に辿り着く事ででしょ。目を逸らしたっていいし、なんなら閉じてたっていい。課程は結果に影響するけど、結果に結びつかない課程なんて慰めにもならないんだから。アンタは負けない事だけ考えてなよ」


 グラスのレモンティーを一気に煽ったユウリは、反論を許さないようにグラスをテーブルに乱暴に置く。

 意志が弱い割には頑固な詩織は納得していないだろうが、ユウリにとってはそれだけが事実だった。結果に辿り着くための手段を選ばなかったからこそ、ユウリは生きて日本に帰れたのだから。


「考え続けるんだよ。1つの狂いも許されない数式のように、それでいて答えに辿り着くのが必然であるように――何も出来ないならアンタは余計な事しないで、バカみたいに俺を信じてりゃいいんだって」


 椅子から立ち上がったユウリは最後のパンの一欠けを口に押し込んで立ち上がる。食べてから紅茶を飲むべきだったと後悔はあるが、暴力を最後の手段とされてしまったユウリには時間がないのだ。

 持ち歩けるような銃や爆薬、相手を説得できるだけの話術もなく、頼りになるのは持ち前のブービートラップの知識だけ。それでもバンテンジスネークを作れるだけの環境はなく、作れたとしても今回の件において効果的とは言い難い。


 依頼の受諾を失敗と嘆いても、ユウリが"結果"に辿り着くには別の道などない。


「そうだ、最後に1つだけ聞きたい事があるんだけど」

「なんで、しょうか?」


 扉に向かっていたユウリの問い掛けに、詩織はゆっくりと視線を上げながら答える。

 相変わらず青みがかった瞳が合う様子はないが、ユウリはそれすら無視してポケットから携帯電話を取り出した。


「WIFIってやつはどうすれば使えるの?」

「……貸してもらっていいですか?」


 説明ベタを自覚している詩織はそう言って、テーブルを滑らされたユウリの携帯電話を手に取る。携帯電話は既にロックが解除されており、詩織はユウリが最低限のスマートフォンの知識を有している事を理解する。詩織は自分を守る存在の事をあまりにも知らなかったのだ。

 詩織はメニューを開いてWIFIのメニューを呼び出し、ユウリに画面を見せるように向けて星霜学園のスポットを登録する。脆弱なサーバーに無理矢理増設されたようなものでも、ユウリに使い方の説明をするくらいは出来る。


「意外と簡単なんだね。ようやく分かったよ、ありがとう」


 暴力を躊躇わない、監視が必要なほどに危険な存在。

 綾香にそう聞かされていたはずの少年は、年相応の微笑を浮かべていた。

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