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レインメイカー  作者: J.Doe
ドリズル・チューズデー
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恥知らずのドープヘッズ 2

 少し遠くに見える人数は6人。4人の男は1人の女とアタッシュケースを守るように立ち、少しだけ離れた位置に立つ1人の女は落ち着かないとばかりに自分の体を抱いている。それぞれの格好に統一感はないが

 取引の現場を携帯電話で収めていたユウリは、どうしたものか、と小さくため息をつく。


 状況は最悪だ。彩雅にとっても、ユウリにとっても。


 まず、売人側であろう対象達は間違いなく武装している。分かりやすくライフルを構えたりはしていないが、挙動のぎこちなさがそれを物語っている。おそらくは刃物の類だろう。売人側が用心するのは当然だ。

 そして売人側の懸念は正しかったらしく、取引は難航し、あげくの果てに買い手側の女が土下座をし始めていた。

 法やモラルが及ばない品物を素人が底の浅い感覚で取引しようというのだ。揉めるのは当然だろう。

 そしてこれが取引でないことを状況がユウリに理解させる。

 薄汚れた倉庫跡。見せるけるようなアタッシュケース。威圧するような男達。

 大口の取引でもないのにわざとらしくそれらを用意し、取り返しのつかない取引を演出した理由は何か。品物が麻薬だと仮定して、味を覚えさせるための初期投資などとっくに終わり、顧客の経済事情もの分かっているはず。商品も人も用意する理由などない。わざわざ護衛が必要な人物が商談の場に赴く理由などない。


 理由があるとすれば1つ。

 売人の女が買い手の女に何らかの価値があるということ。


「状況はわかったわ。行きましょう」

「行かせるわけないでしょ」


 意気揚々と立ち上がろうとする彩雅の手を引いてユウリは嘆息交じりに応える。

 ついて行く、来させないの問答に時間を取られるわけにもいかず、護衛対象である自分を守るためについて来いという、彩雅にしては浅くずさんな方便に乗りはしたが艸楽彩雅は雇用主である前に護衛対象。仕方なくここまで連れては来たが、彩雅がどういうつもりでもこれ以上はただの足手まといにしかならない。全員を捕縛するにしても、殺すにしても。


「これも依頼内容の1つよ」

「あのね、俺はちゃんと仕事を果たすからプロなんだよ。ちゃんとこの取引を中止させ――」

「それは違うわ」


 彩雅は人差し指をユウリの唇に当てて言葉を遮る。しなやかな指は唇から頬へを這わされ、両手で頬を包み込まれたユウリはなされるがまま、彩雅の瞳と見つめ合う。

 わかっていればついて来させなかったが、彩雅相手には口で勝てるはずもなかった。

 それでも、1人で来るべきだったとユウリは後悔していた。


「取引なんてどうでもいい。麻薬なんてものを欲しがる人も自業自得。だってそうでしょ、生きていくのにフラッシュポイントなんて必要ないのだから」


 切れ長の目は先ほどまでの熱を失い、唇は笑みとも憤っているとも取れる形に歪む。


「ユウちゃん。わたしの望みはただ1つ」


 それでもそうだろう。言葉通り、あそこに居るのは彩雅の大事な人なのだから。


「2度とこんなバカげたことをできないようにして欲しいの。だって――」

「そろそろ出て来たらどうかしら。今日だけは飛び込みを受けてつけてあげてもいいわよ。もっとも、うちの商品が目当てではないみたいだけど」


 挑発するように投げかけられた声に、ユウリは観念したように肩を落として物陰から出る。スーツ姿の男女、思いもよらぬ闖入者の登場に男達は武器を取り出し、書いての女は表情を凍り付かせる。その中で声を掛けてきた女だけは挑戦的な視線をユウリ達に向けていた。

 アップにした黒髪に赤い簪を刺し、吊り上がり気味の目にうっすらと引かれたライン。すらりとした比較的長身な体はいつもとは違い、赤い巣カーツスーツを纏った女。


 そこに居たのは、姫島蓮華だった。


「レンちゃん、やっぱり……」

「やくざのシノギなんてこんなものに決まってるじゃない」

「でも、嫌だって言ってたじゃない。家のやり方が嫌だって、こんな惨めなの嫌だって」

「そうよ。あんな古臭くて非効率的なやり方に付き合わされるなんてごめんじゃない。祭りの出店に用心棒。昔気質なんて言えば聞こえはいいけど、古臭くて救いようがないだけよ」


 忌々しいとばかりに吐き捨てるも、蓮華はだけど、と言葉を続ける。


「姫島組は私が立て直す。組員の誰にも貧しい思いはさせないし、私みたいに惨めな思いもさせない。どうせ泥を被るなら汚くて臭いものだって構いやしないわ」

「こんなにも止めて欲しがっているのに?」

「……何を言ってるの?」

「わかってたはずよ。ここは艸楽の子会社が所有していた倉庫で、わたしがあなたを止めに来ることくらい」

「黙りなさい」

「黙れるわけないでしょ!」


 突然張り上げられた怒声に、聞いた事もない彩雅の声色にユウリと蓮華は体をびくりと震わせる。

 斉藤泉と相対していた時とも。伊勢裕也と顔を合わせていた時とも。智子を排除しようとした時とも違う。


 なぜなら、姫島蓮華は。


「あなたはわたしのたった1人の親友なのよ」


 そういうことか。俯いて目元をぬぐう彩雅を横目にユウリは胸中で独り言ちる。

 彩雅の交友関係はむやみに広くて一方的に深い。皆からの彩雅への信頼は厚いが、彩雅から皆への関心は薄い。早くに自分の立場を理解し、可愛い妹分達を守るために作り上げたのは人を利用してもされない関係。3人の敵が限りなく多いからこそ、肉の壁は限りなく分厚い方が良い。

 その中で姫島蓮華は特別だったのだろう。同じように家に問題を抱え、相手の腹を探るような生き方をしていたクラスメイト。右手で握手をしながら、左手にナイフを隠し持つような関係であったとしても。

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