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レインメイカー  作者: J.Doe
ドリズル・チューズデー
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剛毅果断のエンプレス 3

「行動には筋を通して言葉には責任を持つ。なかなかできることじゃねえ。どういう人生を送ってきたかは知らねえが、中途半端に命を懸けるにはお前は若すぎる」

「失礼ですが、正樹様の提案はいささか無責任かと」

「そうだ。お前が責任を放棄するんじゃなくて、俺がお前に責任を放棄させるんだ。多少待遇は変わっちまうかもしれねえが、損はさせねえくらいの援助はしてやるし、心配しなくても敬一郎には俺らから話をつける。お前にしわ寄せがいくようなことにゃしねえよ」

「話にならないね」


 正樹の目がすう、と細くなる正樹をよそにユウリは指先でピアスに触れる。

 妨害と排除は想定内だが、それは誰を対象にしたものなのか。艸楽はお互いを妨害し合っていた氏家と祭主とは違う。不特定多数の商売敵は居ても家の存続を揺るがすような敵は居ない。順当に考えれば艸楽夫妻はユウリを排除したがっていると考えるのが当然だろう。年が近く、荒事に長けた美少年が大事な愛娘のそばに居れば不安に思うものだ。

 しかし艸楽夫妻が明神敬一郎へ意見を言えることからお互いの信頼は強く、ユウリに対して手厚い待遇を提示する理由などない。もし艸楽夫妻が明神を脅かすのなら、ユウリを利用して綾香へ接近させれば良い。何せこの2人は善意と正義感だけで動いていた智子を、妹分達のために利用している彩雅の両親なのだ。


「不足があったか。車と土地でもつけてやろうか?」

「この美貌があればそんなのはいくらでも手に入るんだよ。必要なら国だって傾けてみせるさ」

「なら、何が欲しい?」

「そちらさんじゃ手に入らないものさ」

「あァ?」

「はっきり言わせてもらうけど、俺だってそちらさんに巻き込まれたようなものだよ。そちらさんが隙だらけだから俺みたいな美少年につけいられて、俺みたいな美少年に頼らざるを得なくなったんだから」


 不安に思うのは当然だけど、と言葉を切ったユウリは分銅を仕込んだネクタイをゆっくりと緩める。傷つけるつもりはないが、ここまで首を突っ込まれて黙って引き下がることはできない。

 ユウリも彩雅も、ここで立ち止まることはできないのだ。


「俺は彩雅を守るし、俺じゃなきゃ彩雅は守れない。明神は俺が欲しい真実の解明を約束してくれた。詩織は小さいけれど、俺にしゃれた星をくれた。でも、アンタらは俺でも手に入るような金だけ。これじゃ話にならない。アイツらの邪魔をするなら家族だって容赦しないよ」


 右手はさりげなくネクタイをつかみ、足はテーブルを蹴り飛ばせるように曲げ。ユウリは最後通牒だとばかりに吐き捨て、正樹はため息をついてソファに背を預ける。

 おそらく、ユウリがうなずけば正樹は言葉通りに実行しただろう。明神敬一郎に話をつけてユウリを解任し、娘達への体面上ユウリに対して金銭的な援助を行って。理解はあるが、問題もある護衛対象から解放されるだけで金がもらえるというのは最高の待遇だろう。

 しかし、ボディガードでなくなったとしても元の生活には戻れない。ユウリは明神に近づいてしまい、明神はユウリに真実の解明を約束してしまった。ユウリが紛争地帯を駆けずり回って容疑者や関係者を探り、殺して回ってもたどり着けなかった答えを。ユウリ・レッドフィールドであることをあきらめてでも得たかった真実を。

 そしてカップをソーサーに戻した早苗が口を開いた。


「気に入りましたわ」

「はい?」

「へっ、腹くくってるなら最初からそう言やいいんだよ」

「え、ちょっと――」

「敬一郎さんもそうですが、ユウリさんも随分とお人が悪い。彩雅を幸せにできるというのならそう仰れば良いものを」

「え?」

「自分でなければ娘は守れない。若いころの正樹さんのよう――今でも目を閉じると思い出しますわ。お前が居なければ会社も俺も共倒れだ、とおっしゃっていましたね」


 そういう意味ではないし、2人の関係の方こそ問題があったのではないか。

 何からどう言っていいのか分からず、ユウリは思わず顔を歪めてしまう。

 どうやら、ユウリは最初から何もかもをはき違えていたらしい。

 2人は確かにユウリをハニートラップなどの類としてユウリを警戒していた。

 ユウリが彩雅の相手としてふさわしいか知るために。

 2人は確かにユウリに隠し事をしていた。

 艸楽の婿として相応しくなかった場合、ユウリを速やかに穏やかに排除できるように。

 そして何より、2人はボディガードをやめろと言ってはいたが、日本から出て行けとは言っていない。


 彩雅の人を見る目を信用し、可能な限り艸楽に相応しく育て上げるために。


 彩雅が愛する妹分達に全信頼を置いているように、2人もまた愛娘に全信頼を置いていたのだ。

 彩雅はユウリがいらぬ誤解を受けないよう良く言ってくれていたのだろう。こうなってしまえば、この場では彩雅を名前で呼んでいたことも誤解を生んだ一因でしかない。自分を除けば艸楽しかいない状況で円滑に話を進めようというユウリの気遣いは、守ってみせると言った娘への愛情に付加されてしまっていることだろう。

 何せ、話に参加せずにユウリを観察していたであろう早苗が前のめりなのだ。


「それで、任期終了後のご予定はどうなっていますの」

「別に、決まってないけど」

「だったらうちに来な。どうせ将来的にそうなるってんなら話が早えだろ」

「いやいや、俺とアイツは――」

「アイツだなんて、意外と亭主関白ですのね」

「そうじゃなくて。彩雅は俺を信用してくれてるみたいだし、いろいろ配慮もしてくれてるけどそちらさんが考えているようなことだけはないよ」

「あァ? じゃあなんだ、うちの娘は赤の他人のために300万も使ったってのか?」


 300万円。妙に具体的で覚えのある金額にユウリは言葉を失ってしまう。

 ユウリの記憶が正しければ、それは彩雅がユウリの捜索のために使った金額そのまま。ユウリは艸楽の後継者だから出せる金額なのだろう思っていたが、彩雅はあくまで後継者であって艸楽の代表ではない。ただの学生が自分の一存で300万円もすぐに用意できるわけがない。


「いろいろ話はつけねえといけねえが、これだけははっきりさせておく。姓は艸楽だからな」

「うるせえよ馬鹿野郎」


 体面も身もふたもなく、ユウリはどこか満足そうな正樹に吐き捨てる。

 脳裏ではもしかしたら、でもどうしてと思い付きと否定がせめぎあう。

 情で絆させるのは彩雅の常套手段で、確かにユウリは彩雅の恩情に救われている部分が大きい。持ちつ持たれつなどと言えば聞こえは良いが、彩雅が居なければユウリは任務に復帰することはできなかった。和沙や白井のように信用できる人間が居るというのに。

 だからこそ、ユウリには彩雅の思惑がわからない。

 彩雅がユウリに何を望んでいるのか。

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