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レインメイカー  作者: J.Doe
ドリズル・チューズデー
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剛毅果断のエンプレス 2

 調度品が嫌味なく並べられた艸楽邸の応接室で、ユウリはことの成り行きをただ見守っていた。彩雅にとっては慣れ親しんでいるはずの生家、ユウリにとっては来るなり武器を取り上げられた場所で。

 テーブルをはさんで手前に彩雅、対面にはスーツ姿の男女。男は手元のタブレットに視線に落とし、女は黙ったまま見守っている。陳や氏家の関係者達とは違う空気の中で、動きを見せたのは大きなため息をついた男だった。


「まだ甘えけどご苦労さん。敬一郎はどうでも良いって言うだろうが、掛かったコストを取り戻した上で利益を得るのが商売ってもんだ。何人食わせてるのかは知らねえけどそのことだけは忘れんじゃねえぞ」

「百も承知よ、父さん」

「ならいい――お前からは何かねえのか?」

「言いたい事はあなたが仰ってくださったのだけれど、強いて言うなら経営者としては及第点、母としては精進しなさい、といったところですわね」


 珍しく緊張する彩雅に中てられたのか。父さんと呼ばれた男――艸楽正樹はしわを寄せていた眉間を指でもみほぐし、正樹とは裏腹に艸楽早苗は表情を崩しもせずに淡々と言う。彩雅と正樹にとってスーツ姿はケジメだったのだろうが、初対面のユウリでもわかるほどに早苗は自然体だ。それだけ娘を評価しているということなのかもしれないが、その態度は甘いとも厳しいとも言えない。

 しかし、ボディガードとしてはありがたい家庭環境だ。明神のように代理人を通してくるわけでもなく、氏家のように後継者争いに巻き込んでくるわけでもない。当初は業務上の話は和沙が居なければ、と考えていたが大事な話にユウリを同席させるわけがない。ユウリが彼らを信用していないように、彼らもユウリを信用する理由などないのだから。


「もうこの話はいいだろ。輸入を頼まれてた機材は地下だ。間違っちゃいねえと思うけど自分で確認して来い」

「……ありがとう。すぐ戻るから」


 だから、こうして1人で試されるのも仕方ないのだろう。

 さりげなく視線をよこす彩雅を見送り、ユウリは体の前で組んでいた手をほどいた。


「まさか、ボディガードがこんな子供だとはな」

「いけませんか」

「いけねえとは言えねえけど驚くに決まってんだろ」

「まあ、こんなにも美少年ですからね」

「うるせえよ馬鹿野郎」


 ユウリは出された紅茶に視線を落とす。初めて訪れた場所で何が入っているかわからない不透明な飲み物は飲めない。正樹がコーヒー飲んでいることを飲んでいるあたり、体面居座る夫妻は最低限ユウリの事情は理解しているらしい。その辺りは娘と変わらない。


 艸楽正樹。30歳という若さで先代から艸楽貿易を譲り受けるも、学生時代からの恋人と結婚すると同時に社長の座を明け渡して会長に就任。そしてその社長の座を受け継いだのが、元恋人で妻の艸楽早苗。元旧家の出とあって結婚自体に反発はなかったらしいが、社長就任後は社の半分以上が反発。それもそうだろう。長く勤めていた会社の社長が次々と変わった上に、血も繋がっていない女が上司になったのだから。

 しかし早苗は理不尽な側面もある反発を真っ向から受け止めた。落ちぶれた家の女という罵声に逃げも隠れもせず、無責任だと正樹を糾弾する株主達には業績が上がっている結果を叩きつけて。


 つまり、ユウリが相対しているのは艸楽貿易の2トップ。明神敬一郎に信頼を置かれ、あの艸楽彩雅を育て上げた夫妻なのだ。


「氏家の件では面倒を掛けちまったな」

「いえ、私は何も」

「何もしてなきゃ詩織はは今頃籠の鳥だったろうさ。知っての通り、うちの娘も敬一郎も詰めが(あめ)え。だから鉛地やお前みたいのが苦労するんだ」


 自分にも覚えがあるのか、正樹はどこか疲れたような笑みを浮かべる。綾香の思い切りの良さが遺伝的なものであるのなら、ユウリにもその苦労は想像がついてしまう。誰だってニトロを吹かしたトレーラーを素手で止めることなどできないのだ。


「1つ、提案がある」

「提案ですか?」

「ああ――金なら払ってやるからこの件から手を引け」


 ほら、始まった。


 ユウリは顔色一つ変えずに胸中で毒づく。大事な一人娘で大事な後継者である彩雅の近くに、戦場帰りのボディガード。お家騒動で揺れる氏家が近くにいればこそ、ハニートラップなどの不安もちらつく。娘や敬一郎への信頼があっても、仕事を遂行するからプロはプロなのだ。明神がユウリを用意し、氏家と祭主から詩織を守った事実が正樹達に邪険にしづらくさせてはいるが、余所が用意した状況をただ受け入れるだけという訳にはいかないのだろう。明神敬一郎と同じく、自慢の娘も詰めが甘いのだから。


 だが、本当にそれだけなのだろうか。

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